80話 かつて魔剣は法螺を吹いていたが今は口笛を吹いている
「しかしな小童。お前は少し思い違いをしておるようじゃ。儂から言わせると、小童よ。お前のほうこそ、そちら側になぜ付いておるか問いたい。お前のほうこそ、その左手に握る魔剣より何も聞いとらんのか?」
思い違い、ねえ。
眼球だけ動かしてさっきからずっと耳障りな口笛を吹いている剣を睨んだ。
『ひゅっひゅ~、ひゅひゅひゅ~ひゅひゅ~』
まあいい。
ゴミは後で片付けるとしてだ。
視線を将軍へと戻す。
「どういう意味ですか。できるならわかりやすく説明してほしいですね。うちの糞魔剣はまったくアテにはならないんで」
将軍は膝を叩き、口を大きく開けてひとしきり笑う。
「まあ、そう急くな。若輩に教えを乞われるのは久しぶりじゃからなぁ。まずは、……そうじゃな。小童。お前に問おう。お前のいう魔族とは何ぞ」
顔をもじゃもじゃにしている髭の一本をぴーんと抜き取って、フゥっとその辺に捨てているハンニバル将軍は全然他人を教授しようという意思の欠片も見当たらない。
しかしながら、情報をもらいたいのはこっちなので正直に答えるしかない。
「魔族とは、ですね。そうだな。まあ、ぶち殺すべき僕の敵ですかねえ。早く元の世界に帰りたいし」
「ほう。ほうほう、ほう。お前は魔族を敵とするか。それはつまり己を敵とするということであるぞ、小童」
…………………………うん?
理解が及ぶまで固まっていた僕。
生唾を嚥下することでようやく解凍。
「えっと。ちょっと自分のゴ……剣に確認していいですか?」
「良い許す。ぞんぶんに話し合えい」
さて。
座ったまま将軍に背を向ける。
そして剣を目の前の地面にポイした。
『あっれ~? おっかしいなぁ~。目の錯覚ですかねぇ~。マスターぁの後ろにゴゴゴという文字がたくさん見え』
「とりあえず一回、お前をへし折ろうと決めたんだけどさ。これからのお前の態度次第ではそれを先延ばしにしてやってもいいとも思ってる」
『さぁーっせんっしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!』
「よしよし。二秒だけ先延ばしにしてやる。で? 言い訳を聞こうか」
『えっとですねぇ~、マスターぁ? 女神さまが造ったのは六本の魔剣って言ったじゃないですかぁ~? あと私、魔族の頂点に君臨してるのは魔王で、その下に四天王がいるってちゃんと言ったじゃないですかぁ~? だから、そのぅ~、ちらっちらっ』
「ふうん。魔王とその四天王、プラス僕でちょうど六人だよな。うん。悪かった。お前の寿命を五秒延ばしてやる。なぜなら僕がそこで察するべきだったからだ。うん、今度からは伏線じみたことをお前が喋るたびに拷問して洗いざらい吐かせることにするよ。で? 続きは?」
『あの、えっとですねぇ~。その後の説明はそっちのタケミカヅチたんのパートナーにパスでお願いしますよぉ~。こ、これ以上、そのぅ~、私をちょー蔑むマスターの眼光に直視されるのは、ぞくぞく気持ち良……げふんげふんっ。めっちゃ恐ろしすぎて硝子のハートを持ってるか弱ぁ~い私には耐えらえないですよぉ~。およよ』
「お前は鋼だろ。このペテン師め、ぺっ」
『べちゃっ。マスターのツバが私のツバにクリティカルヒィ~ットぉっ! あ、マスターもしかしてここ、笑うところだったですかぁ~? すみませぇ~ん! 今すぐに笑いますねぇ~。げらげらげらぁ~っ』
「はっはっは、笑止」
満面の笑みで剣をディスりながらハンニバル将軍の方へ身体の正面を戻す。




