53話 かつてスラッガーを目指していたのかもね
あと馬が半歩駆ければ、大剣の間合いに入るといったところで僕は剣を横薙ぎに振った。
ぶしゃぁあ。
剣気と剣圧で川の水がめくれ上がる。
その水の壁はヒルデの視界をふさぐ。
が、彼女はまるでそんなこと関係ないというかのように大剣を上から下に斬り伏せる。
水の壁が破壊されて吹き飛ばされる。
しかしそこに僕はいない。
大剣の斬り伏せを一瞬だけ半歩身を引いて躱し、風に吹き飛ばされる前の一瞬のタイムラグをついて、振り下ろされた大剣の刃先を足場にさせてもらって、馬上のヒルデに蹴りをさせてもらったからだ。
やはりというか、彼女の胸部に足蹴りが届く前に不可視の鎧で止められてしまう。
が、構わず僕は足を振りぬいた。
「……くっ、……ッ!」
すると、思った通りでヒルデは馬上から吹っ飛んでいく。
あれだ。
重厚な鎧ごと打撃攻撃でぶっ飛ばした感じである。
ヒルデは川を転がって受け身を上手くとり、体勢を立て直していた。
その間に僕は川べりに生えていた大樹の幹を剣で斬る。
その大樹が音を立てて倒れた頃には、ヒルデはすでに大剣を構えていた。
『さあやってやりやりましょうマスターぁ~っ! 私があんなデカいだけが取り柄の剣に負けないってところを見せてくださぁ~いっ!』
だからヒルデの方に剣をぶん投げる。
『えっ~っ?! まじですかぁ~っ!? あ~れぇ~っ!』
そんな声を挙げながらくるくる回ってヒルデの方に飛んでいく剣。
彼女はそれをひょいと避けた。
『どうせなら弾いたりしてほしかったなぁ~っ!』
剣はドップラー効果とともに明後日の方向に飛んでいく。
ヒルデがキッと睨んできた。
「……どういうつもりだっ! 自らの剣を捨てるなどっ!」
それには答えず、彼女の方に突き出した手の平をくいくいっとやって挑発のジェスチャー。
それを見たヒルデはちょっと怒ったのか直線的に突っ込んできた。
「よいしょ」
で、僕は倒れた大樹の幹に指を突き入れて持ち上げ、力一杯フルスイングするわけである。
「そいや」
「なッ!? ……がッ、は……ッ!」
「かきーん」
ジャストミートして僕のバットをへし折った打球はすごい勢いでぶっ飛ばされる。
しだいに彼女は墜落。
川面に叩きつけられ、さらに転がっていく。
「かッ……っ!」
ヨロヨロと手をついて起き上がろうとしたヒルデを蹴り上げて仰向けに。
彼女の胸を足で踏みつけ、手を挙げて一声。
「戻ってこい」
『呼ばれて飛び出てぽぽぽぽぉ~んっ! おひさしぶりですマスターぁ~っ! 川に流されてどこに行くのかわからない絶望感もまた、たぁ~まりませんねぇ~っ! でゅふふっ』
川を流されていっていた剣が、まるで磁力に吸い寄せられたかのように僕の手に帰ってくる。
「勝負あり、ってことでいいかな」
剣の柄を握ってヒルデの首筋に切っ先をあてがった。
結い上げていた金髪が振りほどけ、水の滴る何とやらとなっていたヒルデは僕から視線を逸らせる。
『どうやら彼女、ガス欠みたいですねぇ~。ま、あれだけ魔法を行使し続ければ、いくら燃費のいい風属性魔法だって魔力が尽きちゃいますよぉ~』
らしいな。
ヒルデから風の気配は完全に消えていた。




