44話 彼らはにげるコマンドを選択したが、魔剣の銘はどうでもよかった
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百を超える傭兵たちの屍の残骸が地に伏す段階になって、とうとう。
というか今さら、っていうか。
逃亡しようとする者が現れ始めた。
「に、人間じゃねえぇ!」
「ば、ばけものだぁっ!」
「いや、魔族かもしれねぇぞ!」
「こいつ魔人だぁぁあああッ!」
そんな勝手なことを口ぐちに叫びながら、口笛を吹いて馬を呼び、それに乗って散り散りに逃げ始めようとするのである。
「ひい、おたすげ」
「動くなよ。急所それて余計につらくなっちゃうだろ」
地を這って逃げようとしていた傭兵の背中から心臓を一突きする。
周りをみると阿鼻叫喚地獄絵図。
僕から逃げ惑う傭兵たちを片端から斬っていったが、十数人か馬に乗せてしまったようだ。
本気で走ったら追いつけないこともないんだけれど、こうも四方八方に逃げられたら面倒くさい。
全力疾走続けると疲れちゃうし。
ここは弓を出すか。
いや、弓のほうは狩りで結構な場数を使ってるからなあ。
貴重な実戦だし、経験値積むためにそろそろ剣を使ってやるか。
血肉によってすでにデロデロに油まみれになってしまったギレアムさんの剣をポイと捨てた。
『おっ、おっ、おっ~! とうとう私の出番ですねぇ~っ!』
剣のはしゃいだ声に肩をすくめて、その柄に手をかける。
『おっしゃあ、じゃあいっちょ私のチョー強い能力を見せちゃいましょうかねぇ~って、あれぇ? ちょっと待ってくださいよぉ~、これは……ハっ! そ、そうだったっ! ……あ、あのぅ~、マスターぁ?』
途中からトーンダウンして何かしらのお伺いをたてるような物言いになる剣である。
「なに」
『えっとですねぇ~、マスターぁ? 私も抜かれるのは大変うれしいのですけれどぉ~、いいんですかぁ~? 魔剣である私のチカラをあの人たちに見せちゃってぇ~。だってマスターにとって私は奥の手なわけですしぃ~。ほら、よく言うじゃないですかぁ~。奥の手は見せないから、奥の手なんだってぇ~』
「いいよいいよ。だいたい僕らは今、売り込んでる最中なんだぜ? ようは訪問押しかけ販売みたいなことやってるんだよ。だからこっちの手の内は全部さらしてから、雇うか否かを決めてもらわないと悪徳商法になっちゃうだろ」
『ははぁ~ん。それも一理ありますねぇ~。でもマズイ誤解が生まれてしまうようなぁ~。……まっ、いっかぁ~っ! えへへ、もう大丈夫ですよマスターぁ! ちゃっちゃと抜いちゃってくださぁ~いっ!』
「じゃあ、すっきりしたところで、行くぞ」
『はぁ~いっ!』
柄を握った手に力を入れて、僕は剣を一気に引き抜く。
その刀身はギンギラギンの銀。
美しい波紋が波打つ片刃の剣。
鍔近くの鎬の部分には、この剣の銘なのかどうか定かではないが『Ῥαδάμανθυς』と刻印されていた。
『ご抜剣ありがとうございますぅ~っ! それではいっちょ私のパッシブスキル【Ἠλύσιον】を発動させていただきまぁ~すっ! どやぁ』
途端、鞘だったものが弾けて黒い靄状の蛇みたいになって僕の身体を這っていく。
しばらくして、それは長さを間違えて編んだマフラーみたいに僕の首に纏わりついた。
その首に巻かれた靄の両端は僕の背後に地面すれすれまで伸びている。
重さは感じない。
むしろ身体は軽くなる。
というか、ここまで百人余りをぶち殺した疲労感も抜けている。
まるで戦闘する前の身体状態にまで戻った、そんな感じだ。
「じゃあ、残りを三分でぶち殺すか」
『あっ、マスターマスターぁ。じゃあ私はカラータイマー役しておきますねぇ~?』
「おーけー。じゃあ行くぞ」
――――でゅわっち。
足の裏で地面を蹴る。蹴る。蹴る。
いくら蹴っても脚部の筋力に疲労はない。
普段ならば瞬間的にしか出すことができない自分の最高速度まで加速し、それを持続させることができる。
ばしゅ。
馬に乗って逃げていた一人の傭兵の首筋を追い抜きざまに斬り、地面を転がって急速方向転換。
また別の一人の方向へ身体を向けて地面を蹴る。
†。oO(『……NTRされた気分を味わえなくなってしまったですねぇ~。やっぱり正妻が最後には勝っちゃうんですかねぇ~、でゅふふ』)




