38話 一匹 の 化け物 が あらわれた !
ああ。
『あっ、さては、やぁーっとマスター切れましたねぇ~? ぷっつんしちゃいましたねぇ~っ? 私の目はごまかせませんよぉ~っ! どやぁ』
「うるさいよ」
地面に落ちた首飾りを拾い上げる。
引きちぎられたもんだから、当たり前だけど壊れちゃってるなあ。
それをゆっくりと、アンミの両手に握らせた。
握力がまるでないアンミの手から零れ落ちないように、僕はアンミの手を自分の手で覆う。
「これだけは言わせてほしい」
後ろではギレアムさんが自分の服を脱ぎ始めていた。
すでにユーリは全裸のようだ。
彼女の身体を数人の傭兵たちが押さえている。
「憎しみは、そりゃあもう、膨大なエネルギーだ。それがあれば、百人だって殺せてしまう。それをやってのけた僕が言うんだから間違いないよ。でもね。そのエネルギーは別の百人を救うことにも使えたんだ。だけど僕はそうしなかった。できなかった。だから君にはこれから起きることをちゃんと見てほしい。これは百人を殺した方の、クソのような人間のナレの果てだ。百人殺すのにエネルギー使っちゃったらこんなザマになるんだって。それをわかってもらった上で、君には百人を救う方になってほしい。君の“お兄ちゃん”からの、最初で最後のお願いだ」
両手をゆっくり放すと、アンミは首飾りを握ってくれていた。
そしてじっとこっちを見てくれていた。
『マスターってば、それって自分ができなかったことを他人に押し付けて自己満足してるだけなんじゃないですかぁ~?』
「んなことわかってるよ。うざいなあ、お前」
ゆっくり立ち上がって、一糸まとわぬユーリの控えめな胸に伸ばしていたすっぽんぽんのギレアムさんの手を遮る。
「んだぁあ? ってめえ邪魔するなぁ。って、う、動かねええっ! な、なんだこれぇあ!」
ギレアムさんが流れるように振り下ろしてきた剣の刃先をちょっと掴んだだけである。
「て、てめえなにもんだぁっ」
「良い剣だ。でも手入れはあんまりしてないみたいだ。ちゃんとメンテすれば切れ味よくなるのに残念だよな」
「なにもんだぁってぇいってるんだぁあっ!」
「うるさいなあ。お前は一番最後。少しだまってなさい」
「ぅごッ……」
ひょいとギレアムさんの剣を取り上げてから彼を殴ったら十メートルぐらい羽ばたいていった。
怒号とブーイングをあげていた傭兵たちが一気に静まる。
まるで、時間が止まったかのように誰も動かなくなる。
「おい、ユーリ。取引きしないか?」
「は? え?」
あっけにとられているユーリに構わず話を続ける。
「きみは戦力が必要だと言った。だったら僕を雇え。戦力になってやる。ただし一つ条件がある。きみの戦力になるかわりに、きみには僕が魔王をぶち殺すのを手伝ってもらう。この条件の違反があった場合、僕はきみをぶち殺す。それでもいいというなら取引しよう」
『あっれぇ~っ? マスターってば最初は魔王とかどうでもいいって言ってたのにやる気まんまんじゃないですかぁ~!』
うるさいよ。
お前も気づいてていってるだろ。
僕は最初から魔王をぶち殺すつもりでいた。
なぜなら、魔王をぶち殺さないと元の世界に帰れないからだ。
元の世界に帰って、罪の精算をちゃんとしないといけないからだ。
『それもマスターぁの自己満足ですよねぇ~?』
うるさい。
それでも僕は元の世界に戻って、ちゃんとそこで死刑台に上らないといけないのだ。
そのためには魔王をぶち殺さなきゃならない。
でも一人じゃそれは到底無理だ。
いくら僕でも国一つ滅ぼすのはちょっと荷が重い。
こっちも対抗できるくらいの国がいる。
そんな国を造れる王様が必要だ。
ユーリにはその王様になってもらう。
そして彼女にはその持ち前のお人好しで、彼女のためになら命をかけてもいいと思えるくらいのツワモノたちを集めてもらう。
僕にはそれができないからね。
大量殺人鬼である僕にはそれが、できないから。
でも彼女なら、素でそれができるだろう。
いいよなあ、人徳って。
ユーリの身体を押さえていた傭兵たちが立ち上がって慌てて剣を構えていた。
そのうちの一人、縮れ毛の傭兵の前に立つ。
「だけどまあユーリ。初対面に近い人間が戦力どうこう言っても信じられないだろうと思う。だからこれから僕の戦力を売り込むことにするよ」
口角が吊り上るのを感じる。
僕はギレアムさんに貸してもらった剣をゆっくり振り上げた。
そうだなあ。
「百三十八人くらいぶち殺せば、僕の強さはある程度証明されるよねえ?」
もたついてる縮れ毛の傭兵にグレアムさんの剣を振り下ろしたのだった。
あーらよっと。




