35話 報酬の支払い、そして魔剣は静かになった
「これはあこれはあ、姫様とヒルデシア様じゃあありやせんかあ。このような場所に何をしにやってこられたのでぇえ?」
「何をしに? だと? 弔われた死者を、貴様らはッ! 貴様らには戦士の誇りというものがないのかッ!」
「誇り? んなものお、傭兵にあるわけないじゃあありやせんか。それにねえ、そもそもの話、われわれに報酬の支払いを滞らせているあんた様がたぁの責任じゃありやせんかぁ? 報酬がないから我々はこうやってぇ、少しでも稼ぐしかないわけじゃありやせんかあ? ええ? それともきっちり決められたもんを出さないのが騎士様の誇りなんですかねぇ」
「くッ……!」
背中の大剣の柄に手をかけるヒルデだが、ユーリに手で制止させられた。
「報酬の件についてはこの私が王家を代表して謝ります。ごめんなさい。必ずエライムにつけば何とかします。もう少し待ってください」
頭を深く下げるユーリ。
それを見たギレアムさんが何かよからぬことを考えてそうな笑みを浮かべながらあごを撫でる。
「もう少しぃ? そりゃぁ待てませんなぁ。今すぐに支払っていただきたい」
「ですが、今、私は何も持っていないのです」
「持っているじゃぁあありやせんか。ご自身の身体ってやつをねぇ」
「貴様ァァッ! 黙って聞いていればッ!」
「やめなさいヒルデ。それから、みなも。剣を納めなさい」
大剣を引き抜いたヒルデや、ユーリの後ろで剣を一斉に抜こうとした正規兵たちに、ユーリは静かに言う。
良い判断だ。
傭兵たちが人殺しのその顔で、それぞれの得物に手をかけていたから。
ざっと数えて、傭兵は百三十八。
そして正規兵は五十三。
それもよく見てみると、正規兵の方は戦いを経験していそうな錬度の高いおっさんたちに混じって、未経験風の若者、下手すれば僕よりも若いんじゃないかって人間も結構いた。
対する傭兵はいわずもがな。
さすがは戦って飯を食ってるだけのことはある。
数でも質でも分が悪すぎる。
「どうやら立場をわきまえているのは姫様だけのよぉおですなぁあ」
「き、……さ、ま……ッ」
「剣を納めて。ここで彼らと剣を交えればどちらにせよ兵は死ぬわ。いらぬ犠牲はだしたくない。私たちにはまだエライムで残された仕事があるでしょう? それに、追手が来ているもの。だからエライムまでたどり着くには彼らの戦力は必要よ」
「ですが姫さまッ!」
「ユーリ、でしょ?」
「で、ですが、ユーリ……ユーリが」
「あ、そうそう。姫様の代わりにヒルデシア様が俺らのお相手をぉしてくれるっていうんならぁあ、それで手をうってもいいんですぜえ?」
ギレアムのゲヒた提案に、ヒルデは顔を強張らせた。
しかしユーリが即座に応える。
「だめよ。あなたは私よりもずっと戦力がある。っていうか、私はほぼ戦力にならないしね? だからあなたに、あなたには完全な状態にてエライムを守ってもらわなければならないわ。あなたは、最後の希望なの。お願い。あなたは自分の為すべきことをやりなさい。私は私のできることをする。それができるなら、貞操くらいのものなんて些細なことよ? 喜んで捨ててやるわ」
何かたくさんの感情が混じって泣きそうな顔になるヒルデの頭を、ユーリは優しく撫でる。
正規兵たちは唇をかみしめ、泣いていた。




