31話 花を摘めばいい(色んな意味で)
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次の日の早朝。
礼拝所のはしっこのほう。
目覚めるとアンミに膝枕されていた。
彼女はじっと僕の目を覗き込んでいる。
「えっと、……おはよう。早起きだねえ」
アンミは口を開かずに自分の母親が眠っている方向を指差す。
花でも供えたいということなのだろう。
固い石床から身体を起こして伸びをする。
そういえば、昨日寝る前に井戸の中に放り込んでおいた剣のことも心配だ。
行く途中で拾っていくか。
礼拝所で眠る他の人たちを起こさないように静かに立ち上がる。
そして見張りの正規兵のおっさんたちに会釈して礼拝所を出ていく。
その後ろをアンミはゆらゆらとついてくる。
*
『マズダーァァァァァァァアっ!』
砦を出て井戸の場所までやってきたとき、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
無視して井戸のふちに腰掛ける。
そして、その辺に生え始めた花をじっと見るアンミを眺めた。
僕がやってきたとき砦の城下は焼け焦げて草ひとつなかった。
でも数日もたたないうちに地面も所々にもう花が咲いていたのだ。
蒼い、小さな花だ。
もうすぐ冬だと聞いたのに、あれはいったい何の花だろうか。
『まずだぁ~っ! ぎ~でぐだざいよぉ~っ!』
「朝からうるさい。お前クソだな。でも優しい僕は聞いてあげるよ。いったいどうしたんだ」
『あいづらぁ~っ、傭兵のやつらがぁ~っ! ここでだぢションしでいっだんでずよぉ~っ! ゆ~る~ぜ~な~い~っ! この恨みはらさでかぁ~っ! わだじの錆にじ~で~や~るぅ~っ!』
いつも能天気な声音の剣だったが、この時ばかりはどす黒くなっていた。
「そりゃあ、まあ、運が悪かったな。今、引き上げてやるよ。」
『マ、マスターぁっ! はやくお願いしま~すぅ!』
井戸に立てかけてあった『便所穴はここです↓』と刻んだ材木をそっと向こうの方へポイしてから剣を引き上げてあげる。
その後、僕は昨晩と同様にして、その辺に転がっていた廃材にナイフで『汚水につき使用不可↓』と刻んで井戸に立てかけておく。
『こんな屈辱は初めてですよぉ~……ってマスターぁ? どうして私をポイしてるんですかぁ~? って、いたっ! あうちっ! け、蹴らないでぇ~!』
「いや、だって」
汚いしね。
井戸から剣を引き上げた後、すぐに地面にポイして足で蹴ったり踏んだり。
土に転がして汚れを落とすためだ。
『あっっひ~んっ!』
剣が変な声を出したあたりでやめる。
親指と人差し指で剣を摘まみあげていると、ちょうどアンミが僕の服の裾を引っ張った。
その手には土のついた根っこごと一厘の蒼い花。
ああ、そっか。
もうすぐここから離れるわけだし、そうすると花を供えられない。
しかも、魔族に占領されればこのさき一生、供えられない可能性だってある。
だから、摘んだ花を供えるのではなく、ってことなのだろう。
僕は感心しながらアンミの母親の墓があるほうへ歩き出した。




