30話 魔剣は選ばれし者にしかでで、で、ででん♪
「あのですね。その剣、実は鞘から抜けないんですよ」
「……戻るのね、その話に。まあ、いいんだけれど。そうみたいね。どうして?」
「そういうものなんです。不良品なんですよ。言わば剣のできそこないなんです。クズ鉄と同じです。むしろクズ鉄は見た目からして役に立たないけれど、その剣は一見すると役に立ちそうなので余計たちが悪い。くず鉄は二束三文で売れるけれど、その剣は売れすらしない。ようはクズ以下です。剣の恥さらしです。さっさと腹を斬れってもんです」
『……ひ、ひどいっ! 設定上の嘘とはいえそこまで言わなくてもぉっ! うわぁーんっ、あんまりだぁ~! 溶鉱炉に飛び込んでやるぞぉ~っ』
「ふうん。そうだとすれば、クズ鉄以下のこの剣を持つ意味はあるのかしら?」
ユーリが首をかしげて頭にクエスチョンを浮かべる。
彼女の黒髪のおさげについていた髪飾りが微かな音を立てた。
『っちぇ~、どうせマスターは私には意味がないって言っちゃうんでしょうねぇ~。しくしく』
「意味はありますよ」
『ま、マスターぁっ! 大好き愛してるぅ~!』
ちょろいやつだ。
「どういう意味があるの?」
「それを腰に差してるとですね。並みの人間だったら見ただけで怖気づいて逃げてってくれるんです」
「では並みの人間でなかったらどうなのだ? そんな貧弱な剣などを見ただけでは怖気づかないぞ」
むすっとしていたヒルデが突っ込んできた。
『貧弱っ!? ぷんすこっ! 弱くないもんっ! ですよねぇ~、マスターぁっ! いっちょ言ってやってくださいよぉ~っ!』
彼女の言うとおりである。
こんなすぐに折れそうな剣、折りたくなっちゃうのが人間の性というものだ。
「そうですね。その剣を見て逃げない人間もいます。でもそういう人間はヒルデが言っているように並みの人間ではない。並みの人間ではないということは僕は勝てない。だから、もしこの剣を見ても向かってくる人間がいたら、僕が逃げればいいんですよ」
「ふうん、なるほどねえ。その使えない剣でもって戦いを避ける。面白い考え方ね?」
「ふん、なんだその腰抜けは。逃げるなど騎士の恥だ」
ユーリは笑い、そしてヒルデは吐き捨てるように言った。
その後、ユーリが『でも……』とつなげる。
「もし、その剣を見て向かってくる敵がいて、もし、自分の後ろに守りたいものがあったとき。イズィはどうするの? 逃げる? それとも立ち向かう?」
その質問は僕にとって意味のないものだった。
なぜなら守りたかったものはとっくの昔に無くなったのだから。
それゆえ僕の後ろに守りたいものがくることなんてこの先ずっとないだろう。
応えられない。
「その話はここまでにして、僕から質問していいですか?」
だから逃げた。
話を逸らしにかかる。
見透かしているかのような瞳でユーリは微笑むと、『ええ、いいわよ』と促した。
ヒルデの方を見ても、むすっとしているだけで応えなかったことを咎めてはいなさそうだ。
彼女は剣を僕の方に投げてよこして返してくれる。
「僕と妹がここに着いたとき、まだ息をしておられた方がいたのです。その方は竜騎士さまなのですが、お心当たりはございますか?」
ユーリとヒルデは目を見合わせる。
二人とも悲しそうな表情をしていたが、特にヒルデの方が深刻だった。
「我が国に竜騎士は一人しかいない。それは私の父、ナルサスだ」
ヒルデは絞り出すような声で言う。
「看取ったのか?」
「はい。最後の言葉も」
竜騎士のおっさんが言った最後の言葉をそのまま伝える。
そして膝枕をしていたアンミには床に寝てもらって、僕は少しだけ待つように頼み、剣を持って部屋を出た。
通路の影で剣に話しかける。
「おい、あれ」
『マスターも律儀ですねぇ~。ぱくっといたらいいですのにぃ~』
「そういうわけにもいかないだろ」
剣の鞘を持って左右に振る。
すると黒い靄状のものが空中を漂った。
そこにずぼりと手を入れて目的のブツを探す。
あったあった。
手を引き抜くと、僕はあの時に竜騎士のおっさんから託されたクレイモアを握っていた。
急いで部屋に戻ると、アンミが起きてしまったのかじっと座っている。
彼女の横に座ってクレイモアを二人に見せた。
「間違いない。私の父のものだ。すまない。ありがとう」
ヒルデはゆっくりとそのクレイモアを受け取る。
「この砦を攻め落とした魔族が近くにいないということは、きっと刺し違えたのだろうな。父は、私の誇り……だった」
「そうね。……ありがとう、イズィ。勝手だけれど、今日はもう、ゆっくり休んでくれるかしら?」
「わかりました。失礼します。おやすみなさい」
声を殺して泣き始めたヒルデの肩を抱きしめていたユーリが『おやすみなさい』と哀しそうにつぶやいた。
†。oO(『てれれーれーれー、てれれーれーれー、でで、で、ででんっ♪』)




