26話 エライム砦、もしくは“白き山裾城”の話
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「そう、そんなことがあったの?」
「姫さまっ、もう私は我慢なりませんっ。やつらは切り捨てるべきではないのですかっ」
「だめよ」
「しかしっ」
「ごめんね? でも今は、どんな戦力でも、捨てることはできないの」
砦の中の一室である。
そこで中略ちゃんと美少女戦士ヒルデちゃんが言い合ってるのを黙って聞いていた僕は、おずおずと手を挙げる。
「あのぅ、そんなに深刻な状況なんですか? この国は」
「深刻? そうね。王都が陥落した今となっては、深刻どころではないのかも。あのね。イズィは、エライム砦のことを知っているかしら?」
『エライム砦っていうのは別名“白き山裾城”と呼ばれるマルクト最北の、ケテル帝国との国境、エバル山脈のほぼ中央、山裾が凹んでる場所のふもとにある砦ですよぉ~。もともとはエバルのドワーフたちの砦だったんですけどぉ~。ドワーフたちがエバル山脈の鉱石を採りつくしちゃって放棄された砦をマルクト王国がちょろまかしたんですよねぇ~。ドワーフが造ってるだけあって、いろいろと仕掛けの多い砦で難攻不落っていわれてるんですけどぉ~。なにぶん元は外敵からエバル山脈内の坑道を守るために作ってたのでぇ、防御力を発揮する方向が自国の方に向いていたから今までマルクト王国にとってはケテル帝国との唯一の交通路兼関所として使う以外は宝の持ち腐れだったんですよぉ~。でもなるほどぉ~、南から攻めてくる魔族たちをそこで食い止めようってわけですねぇ~』
「イズィ? どうかしたの?」
剣の声って本当に僕にしか聞こえないんだな。
首をかしげる中略ちゃんに首を振って取り繕う。
「あ、いえ、エライム砦のことでしたっけ。まあ、噂程度には存じ上げておりますが……。しかし、そこで魔族を一時的に食い止めても、マルクトの国土が占領されれば終りだとわたしは思うのです。わたしたちマルクトの者の家や田畑、狩りをする場所が、生きていく居場所がなくなってしまうことになるのですから」
「ええ、そうね。そのとおりよ」
中略ちゃんは静かに、そしてゆっくりと頷いた。
「わたしたちに、死ねと言うのですか」
僕は意地の悪い質問をしてみる。
「きさまっ、口が過ぎるぞっ! 姫さまは……っ」
案の定、美少女戦士ヒルデちゃんが叫ぶ。
しかしそれを中略ちゃんが手を上げてたしなめた。
彼女は美少女戦士ヒルデちゃんが毒見をしていた僕特製のハーブ水の入った器を口につけて傾けて一服してから口を開ける。
「実は、貴方たち民草の者には国外へ、ケテル帝国へ脱出してもらおうと思ってるの。知ってる? エライム砦にはドワーフたちの坑道の唯一の入り口があるわ。そこを通れば、ケテル帝国に入れる。それにもうすぐ冬よ。エバルの山おろし風が吹くころになると坑道に流れる水が凍って、ケテルへの道はやがて閉ざされる。それまでに皆をケテルへ脱出させ、私たちは坑道が氷で閉ざされるまで、魔族を食い止めていればいいの」
「時間稼ぎ、ですか? そこであなたたちは死ぬつもりなんですか?」
「死ぬ、というのとは違うわねえ。守る、っていうか。あはは、私もいまいちわからないわ」
「さっき誰かが話しているのを聞きました。あなたが最後のマルクト王家の血筋になってしまったのですよね?」
「ええ、そうね。お父様もお母様も、兄上も、そして弟も、王都防衛戦で死んじゃったから」
その表情はすでに悲しみを通り越していた。
彼女の悟りきった、何か大切なものを諦めきったかのような瞳は、ここを発端にしているのかもしれない。
やめてほしいな、そういうの。
見てるこっちが嫌な気分になるのだ。
「だったら、あなたが死んでしまったら、マルクトが滅びるということでは、ないのですか?」
「滅びないわ。恥ずかしい台詞を言うようだけれど、あなたたちが生き延びてくれれば、私の大好きな故郷はあなたたちの心の中に在りつづける。滅びない。私はそう思ってる」
本気でそう信じている。
中略ちゃん、そして美少女戦士ヒルデちゃんまでもがそんな顔をしていた。
『ま、戦争にありがちな美談ですよねぇ~』
「……ああ、そうだな」
軽い剣の声に僕は口の中だけで言葉をとどめる。
しばらく沈黙が続き、最初に口を開けたのはやはり中略ちゃんだった。
「まあ、こんな気の重い話は終りにしましょう。私はイズィの話を聞くために呼んだのよ?」
うわ、きたよ。
正座していた僕の隣で船を漕いでいたアンミがもたれかかってくる。
起こさないように彼女の身体の位置を移動させて、僕は人生で初めて女の子を膝枕した灌漑にふけりながら言葉を探す。
「えっと、どのような話をご所望でございますか?」
「じゃあ、まずは奉公先のベタニアで何をしていたのか。聞かせてくれる?」
さて尋問が始まったぞ。
†。oO(『………………はっ、きょろきょろ。あっれぇ~? おかしいですねぇ~。なぜだか知りませんけど次元を超えた視線を多数感じるような……はっ!? これはまさかぁっ!?』)




