21話 平民設定を追加してへりくだってみた
変な汗が出てきちゃったな。
早すぎでもなく、そして遅すぎでもないタイミングで彼女にそれっぽい理由を説明する。
「申し訳ありません。妹は母のことで傷心しておりまして。この地には、わたしたちの母が住んでいるはずなのですが、それが見つからなくて。おそらくはすでに、あの場所で眠っているのではないか、と」
ここまで言い終えると、今までぼーっとしていた女の子が自分の母親を埋めたほうをゆっくり指差してくれるという援護射撃をくれた。
彼女が指さす先にはおびただしい数の墓標代わりである木材、剣、槍が地面に突き立っている。
「あれは、やっぱり死者を弔ったあと、なのねえ。貴方がやってくれたの?」
「いいえ。わたしどもがここに着いたときは、もう。魔族どもがやったのでしょうか?」
「魔族はそんなことしないわ。でも、うーん。誰、なんでしょうねえ」
首をかしげる中略ちゃんであるが、その目は僕をじっと見ている。
ここで視線を逸らしたらアウトな気がしたので、僕はそれに耐えるしかない。
しばらくして中略ちゃんの方から目を逸らしてくれる。
そして彼女は手をパンと叩いた。
「ま、いいわ。ありがとう。貴方たちも難儀でしたね。とりあえずエライム砦までは私たちと行動をともに。そうすればある程度は守ってあげられるから。あとのことは貴方たち自身がよく考えて、貴方たちの自由になさい」
「あっ、ありがとうございますっ!」
額を地面にこすり付ける。
あーよかった。
ほっと息をなでおろしていると、中略ちゃんと美少女戦士ヒルデちゃんは少し僕と距離を取ってひそひそし始めた。
女の子――アンミ(偽名)の頭をゆっくり撫でながら、聞き耳をたてる。
「あら? 不服そうな顔ねえ」
「……ふ、不服などありません。姫さまが決めたことには従います。しかし、私はあの男がどうにも信用なりません。何やら、私の名を心の中で不名誉な呼び方をしているような気がしてならないのです」
エスパーかよ、すっげえな美少女戦士ヒルデちゃん。
「そうね。私もよ」
お前もかブルータス。
じゃなくって中略ちゃん。
「彼とは、もう少しじっくり話をしてみないことには真意はわからないわねえ。でも敵意はなさそうだし、いいのよそれで。今のところは、ね。それに、もしものときは、ヒルデが私を守ってくれるんでしょう?」
「うぅっ、それは、まあ、そうですが……」
「そんなことより、もうすぐ日が沈むし、発つのは明日の早朝にして今日はここで夜を明かしましょう」
「……しかし、姫さま。追手の軍勢が心配です。おそらくはもうべツレム辺りを通過しているのではないかと思われます。追いつかれれば、……我々に為すすべは、ありません」
「そうねえ。でもだめよ。民は疲れているもの。休まないと、エライムまでもたないわ。ここに来るまでにも、ずいぶん数が減ってしまったでしょう? もうこれ以上、私はマルクトの子らを失いたくないの」
「……わかりました」
美少女戦士ヒルデちゃんが手をあげると、それを合図に墓場で待機していた集団がゆっくり動き始めてこちらへやってくる。
「イズィ、砦の中はどうなっているかしら? 見てない?」
再び近づいてきた中略ちゃんが誰かに声をかける。
イズィ?
「貴方のことよ、イズレール」
「あっ、僕のこと――うわっ、じゃなくってわたしのことでしたか。でもイズィってなんか犬みたいな名前だなあ……」
なんか中略ちゃんにクスクスと笑われた。
「砦の中はどうなっているかしら?」
「えっと、はい。実をいうとわたしたちの母の家が焼けてしまっていて。どうにもならないのでここ三日の間は砦の中を」
「勝手に使っていたと言うのかッ?!」
ありえない、といったふうに美少女戦士ヒルデちゃんが叫んだ。
そんなにいけないことだったんだろうか。
彼女の言を聞いてみると、砦とは誇り高き騎士のうんたらかんたらで平民が砦の主の許可なく入っていい場所ではないとのこと。
平民設定の僕は畏れ多くなって土下座した。
「えっ、あっ! も、申し訳ありませんっ」
「謝ることはないわ、イズィ。ヒルデは少し頭が固いだけなのよ」
「あっ、そうなんですか。へぇ、じゃあその頭であのへんの岩とか割ったりできます?」
「斬る」
「ひぃっ」
殺気をみなぎらせる美少女戦士ヒルデちゃんに、僕は仕方なく小さく悲鳴を上げてアンミの背中に隠れるのだった。
しまった。
素で言ってしまった言葉がどういうわけか彼女の癇に障ってしまったらしい。
「ぷっ、あはははは」
お腹を抱えて笑っていた中略ちゃんが指で涙をふく。
何がそんなに面白かったんだ?
いいから早く美少女戦士ヒルデちゃんを止めてくれ。
「こらこら、ヒルデ。やめなさい。それにしてもイズィ、貴方うまいこと言ったわねえ。久しぶりに笑ったわ。……こんな、明日もわからない状況なのに、ね」
「え、は、はあ……ありがとうございます?」
「あ、そうだわイズィ。寒さをしのげそうな場所が残っていたら案内してほしいの。できるだけ多く一か所に集まって入れそうな場所がいいわねえ」
「えっと、所々崩れていたり、崩落の危険がある場所がありましたので、あれだけの数となると……。ああ、そうだ。すべては入りきらないと思われますが礼拝所があいておりました。窓がないため詰めて入れば寒さはしのげるかと思うのですが」
「わかったわ。ヒルデ、女子供を優先して砦の中へ。他ののものは砦の外で野営させてちょうだい」
「わかりました」
こちらの不審な挙動の一ミリたりとも見逃すまいと睨みつけていた美少女戦士ヒルデちゃんがゆっくりと頷いた。
これは面倒なことになった。
ここまであからさまだと何もできない。
こんなのことなら真実は言っていないだろうと疑いを残しつつもある程度信用してくれたらしい中略ちゃんの方がまだマシだ。
僕はため息をついてから砦へ目指して歩き始めたのだった。
†。oO(『…………………あかん。これはあかんやつや。でも、でもぉ、とまらないのぉ~! マスタ~、早く私を井戸の中にぶん投げてくださいぃ~っ! おかしくなっちゃう~っ!///』)




