1話 目覚めたら異世界
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土の匂いで意識が戻る。
身体の体勢からどうやら僕はどっかに寝ころんでいるくさい。
重いまぶたを開店させてみると目の前の草の葉の先っちょから蝶々みたいな蟲が一匹飛び立った。
ゆっくり上体を起こす。
胸の辺りを触ってみるが穴はあいていない。
ひとまず安心して周囲を見回す。
密林だった。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」
三百六十度、どっかの原生林みたいな巨木が鬱蒼と立ち並んでいる。
その間をひらひらとさっきの蝶々のような蟲が群れを成して舞っていた。
人工のものを探して視線を彷徨わせる。
地面には草花と苔と土などの自然物しかなく、人間の手がまったく加えられていないことがわかる。
上を仰ぐと木の葉の密度超過のせいで、わずかな木漏れ日から今の時間が日中であることくらいしかわからない。
空気は少しだけ甘みを帯びていた。
静かだ。
聴き慣れた雑踏とか人声とかがまったくない。
時折、何かしら鳥類や獣の鳴き声は聞こえているが。
と、いうわけで。
わりと楽観主義である僕でも冷や汗ダラダラもんのミラクルである。
「いったい何がどうなった? 僕はまだ正気、だよな?」
一応確認してみる。
1+1は?
えーっと、答えは2だ。
よし、正気だ。
ってことはだぜ?
ここが紛れもない現実ということになってしまうわけですが。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
『まあまあ落ち着いてくださいよぉ~』
「落ち着けと言われて落ち着いてられる状況の範疇をすでに逸脱しているわけですが」
『え~、マスターは適応力ないですねぇ~』
「ますたぁ? 誰だよそれ。まさか僕のことじゃないだろうな」
『その通りっ! あなたですよぉ~、あ・な・た!』
「やめろ。その呼び方。ところでさっきから僕に馴れ馴れしく話しかけてくるあんた誰だ」
声は聴こえるのに姿が見えないのはマジで気味が悪い。
いや、聞き覚えありまくる声なんでどこのどいつなのかはわかってるんですけどね。
けれども世の中には認めたくないことっていうのがある。
『誰って。ここですよぉ~。ここ~、マスターの左手をチェケラっ!』
例えば自分の左手にいつの間にか握らされていた剣が言語を解してる、とかね。
今は黒鞘に収まっているが間違いない。
長さ細さ、そして柄の装飾部分の形状から空から落ちてきて僕に胸グサしたやつであることは一目瞭然だった。
なるほど、僕はまだ夢の続きを見ているのかもしれない。
そう一縷の望みをかけて地面に頭を打ち付けてみる。
「いってええええええええええええええええええええええええええええええ!」
すごく、痛いです。
『そろそろこれが夢じゃなく現実だって理解してくださいましたかぁ~?』
「……ああ、うん。これが覚めにくい頑固な夢だってことは理解した」
『もうマスターは強情だなあ~。もう面倒ですので、そのままの理解で話を進めてもいいですかぁ~?』
「なんの話?」
『なんの話かっていうとですねぇ~』
「あっ、ちょっと待った」
っていうか、よく考えてみると剣と話をしているなんて僕はなんて悲しい人間なんだ。
左手に持った剣をあっちの方へ放り投げる。
『あ~れぇ~』
ドップラー付きのそんなマヌケな声は無視するとして、だ。
これから僕はどうするべきか。
どうやってこのイカれた夢から覚めることができるのか。
それを考え始めるにあたってちょっと小腹がすいてきた。
朝飯前だったことを思い出す。
こんなことなら朝食ってから朝練を始めるんだったという後悔先に立たず。
仕方ない。
腹が減ってはなんとやら。
立ち上がって伸びをする。
周りは自然が一杯なのだ。
ということは、食い物も一杯あるということに他ならない。
「さて、と。それじゃあ食べ物を調達します」
遠くの方でがおーとか聴こえたので鈍ってきた決意を、口に出して再び固める。
『あのぉ~! この森、結構危ない魔獣がいるのでワタシを持っていった方がいいと思うんですけどぉ~!』
茂みの影からそんな声がするが聞こえないふりをする。
熊くらいなら余裕で倒せるしね。