196話 とある魔王はとある世界を滅ぼして泣いた
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あれ?
どういうわけか、僕の撃った弾は彼女に当たることはなかった。
続けて装弾されている弾丸をすべて打ち尽くしたが、そのどれも彼女に当たることはなかった。
なんだよ、それ。
どんだけ命中率が悪いんだよ、僕は。
彼女は嬉しそうで悲しそうな、よくわからない表情をしたあと、手に握った悪魔の装置のスイッチを『ポチットナ』という効果音付きで押す。
「さて、これできみは世界を救うヒーローにはなれなかったわけだが」
世界のどこかで、何かが崩れる音がした。
世界のどこかで、おびただしい数の誰かが死んでいく声がした。
しばらくして、僕はようやく手から引き剥がした拳銃を落として地面に座り込むことができた。
「どうして私を撃ってくれなかったんだい」
彼女はそんな残酷な質問をしてきた。
だから僕は正直に答える。
「そうか。私もだ」
彼女は、笑った。
「だから、きみが止めてくれるのなら、止まってあげてもいいと思っていた。でもきみが止めてくれなかったから、私は最後まで私の計画を遂行することにするよ」
そう言って、彼女は防護服のヘルメットを脱ぎ捨てた。
それから彼女は深く深呼吸して、汚染された空気を肺一杯に取り込む。
しばらくして彼女は倒れた。
僕はそんな彼女を抱きとめることしかできない。
「なにしているんですか、師匠」
「いや、なに。私が死ねば、残るはきみ一人だ。そして、きみが望んでいた、戦争のない世界の完成だ。私はきみに、それを見せたかったんだ」
「戦争のない世界、確かにそうですね。独りぼっちになるけど」
「さみしい?」
「……少なくとも、五月蠅くはなくなりますね」
「きみは淡白だなあ。でも大好きだ」
「……僕もです」
「そっか。愛は世界を救わず、愛は世界を滅ぼした、か。……ロマンチックじゃないなあ」
「他人には傍迷惑な話ですが、僕たちにはお似合いですよ」
「そうかな。……そうだね。もし、仮定の話だけど、きみと私が全然ちがう出会い方をしていたらどうなっていただろうね。もし戦争とはまったく無縁の場所で出会っていたら。きみの家族も私の家族も死ぬことなく、例えばお隣さんで家族ぐるみでお付き合いのある感じだったら、どうなってただろうねえ」
「そんなの出会うことはありませんでした」
「そうだよ。期待した応えをありがとう。大好きだよ。だから私は、いつからか戦争を心のどこかで肯定していたんだと思う。たぶん、壊れ始めた原因は、そこだろうね。自分の中で矛盾を処理するためには、こうなるしかなかった」
「……なに冷静に分析してるんですか」
「いや、私って天才だし。それに、今後、きみのためにでもあるんだよ」
「今後なんてないですよ」
「おや、まさか私のあとを追うとか言わないでくれ?」
「追いません。誰が追うもんか」
「イケズだなあ。でも大好き。ちなみにきみの体内のナノマシンの耐久年数は百億年を想定してるから、追う事なんてできないんだけれどね?」
「……初耳ですけど、それ」
「あ、でも何でもいいからタンパク源はちゃんと摂取するんだよ? じゃないと、きみはスリープモードになっちゃうからね。あと、過度な損壊もやめてくれよ。バグが出てくるかもしれないしね?」
「はいはい。それで、なんなんですか。あんたのことだ。何かやれって、言うんでしょ。まあ、死にかけの人間の言うことだし、今なら何でも聞いちゃいますよ」
「じゃあキスしよ?」
「誰がするかぼけ」
「あはは、何でもするんじゃなかったのかい?」
「早く言えよ。もう時間、ないだろ」
「せっかちだなあ。でも大好きだ。さて、ところで私は何回どさくさに紛れて大好きって言ったでしょうか」
「もう時間が、ないだろう?」
「……わかったよ。じゃあ、私からきみへの最期の命令だ」
最期とかいうくせ、耳元で囁かれた命令は何個かあった。
その一つ一つを忘れないように記憶に刻んでいた僕の頬を彼女の手が撫でる。
「なんですか」
「ううん、大好き」
「……ええ、まあ、何というか、僕もでした」
この世界最後の人間の目蓋を、僕はゆっくりと閉じてから。
アアアアアアアアァアアアアアアアアアアアァ――――――――。
必死で堪えていたものを全て、吐き出すことにした。
【第一章[裏]・完】




