188話
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やっと消えたか、あのガハハおやじめ。
ユラユラと平衡感覚を無くしていく身体に鞭うって僕は歩いていく。
そして剣の前までやってきて、それを拾い上げて杖にした。
うーん。
少しばかり楽になったぞ。
思ってたよりも役に立つじゃないか、この剣。
剣で身体を支えつつ、地面に転がっているもう一つの魔剣を眺める。
「えっと、建御雷さんだっけ? これってきみを僕の魔剣にできたりする?」
『不明。しかし我が主は貴殿ではない。後にも先にも彼ただ一人』
「そう。わかった。別に僕はいらないし。勝手にしてくれ」
まったく、自分の得物にさえ気に入られるなんて。
今さらながらハンニバル将軍のカリスマ性に身を震わせて合掌しておく。
あとは地獄の皆さんが頑張って彼をつないだままにしておいてくれることを祈るばかりだ。
そんなことを切に願いながら、その場から離れようとした時だった。
何かしら、大きな気配がいきなり直上に現れたもんだから僕は反射的に受け身をとって回避行動をとっていた。
んで、急に動いたせいで全身の痛覚を猛らせて呻いた僕の目の前に。
空から光の球体が堕ちてきた。
なんぞ?
首を傾げて見ていると光の球体はピキピキと割れ始めた。
かと思えば――――。
「……残念だわ。やっぱりハンニバルおじさま、死んじゃったのね」
逆光でよく見えないけれど、光の球体の中から可愛らしい女の子の声がしたではないか。
それも、懐かしい、どこかで聞き覚えのある声だ。
「姫様。魔剣の回収をお早く。でないと御身体に障ります」
おっと、もう一人いるらしい。
大人っぽく背伸びしてる女の子の声。
こっちは聞き覚えはない。
「えー、少しくらいいいじゃない。おじさまの供養をしなきゃ、だよ」
「だめです。神は言っておられます。空間転移は今の姫様では荷が重い、と。ただでさえ物を運ぶのは魔力を消費してしまうのに。さらに神はこう言っておられます。それにこの場は我々にとっては不吉である、と。早く建御雷の回収をして立ち去るのが吉だ、と」
「もう、わかったわよー。オルオルのけーち」
そうして頬を膨らませたふうな声音で魔剣を回収する人影の動きが止まった。
光の球の中から、僕の方をじっと見ている。
「…………あ、え?」
向こうさんの呆けた声。
こっちもだんだん逆光に慣れてきたので目を凝らす。
「…………は、え?」
こっちも呆けた声を上げた。
いや、まあ、成長してればそんな感じという程度の見た目だった。
しかし、僕はその人物を正しく認識できたと確信する。
それは向こうも同じだったようで、絡み合った視線を解くことができない。
彼女だ。
光の球の中、ヒルデシアに瓜二つの顔立ちで彼女よりも胸が小さく、そして耳も尖っていない、無表情の女の子がこちらを睨んでいるのはどうでもいい。
その隣にいる人物。
そうだ。
あれは、間違いなく彼女だ。
変わり果てた長い白髪を揺らし、まだあどけなさを残した呆けた顔で、ハンニバル将軍の魔剣を両手で重そうに抱えたままこっちを見て固まっている彼女――――。
「…………マイブラザー?」
「…………マイシスター?」
いや、違くて。
二人して同時にかましたボケが消えないうちに、二人して同時に駆けだした。
「姫様っ! いけませんっ!」
魔剣を放り投げて走り出した彼女に、オルオルと呼ばれた女の子は慌てて制止する。
しかし、彼女は止まらない。
もう半分くらい光に包まれて透明に成りかかっていたけれど、彼女は僕の方へ走ってきた。
そして――――。
「おにいちゃ――――っ!」
涙を浮かべて心底嬉しそうな感じでやってきて手を伸ばした彼女の指先が、僕の伸ばした手の指先と触れ合おうとした寸前で、まるで白昼夢の様に光の粒子となって僕の目の前から消えてしまったのだった。
蛍のような儚いその光は、ゆっくりと上空へ舞い上がっていく。
はっとして見てみると、彼女も、オルオルと呼ばれた女性も、そしてハンニバル将軍の魔剣も、すでにそこにはもう存在していなかった。
ごぼぼ。
無理して動いたせいで、血反吐を吐き出しながら僕は呆然としてしばらく動けなかった。
両の目からは緋色の何かが流れてきていた。
ああ、そっか。
そういう、ことか。
まったく、この世界の女神は酷いことをしてくれる。
僕はゆっくりとため息を吐いて、自分が取るべき選択を考えながら剣の残骸を探し始めることにした。
【第一章[削]・完】




