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ある日、空から剣が降ってきた。  作者: まいなす
第一章 “白き山裾城”決戦
195/198

195話



「――――と、いうわけさ」


「…………なにが、というわけ、なのだ」


 前を歩くヒルデは機嫌が悪そうに舌打ちをした。

 それを見ていたユーリがアルデバランの上で笑うのを堪えている。


 ユーリティシアスと愉快な仲間たちご一行が凍った死海の上を歩き始めてから早二日が過ぎようとしていた。

 ここにきてようやく、曲がっていたヘソを戻し始めていたヒルデに僕は事の顛末を説明していたのだ。


 しかしながら、今の感じだと余計に彼女を怒らせたかもしれない。

 ユーリを乗せたアルデバランの手綱を引いて歩いているヒルデの歩調が少し早くなった。


「へくちっ、……ずびび」


 僕の隣でちょこちょこと付いてきていた元・深紅の飛龍グリムリュートで、現在は十歳前後の深紅の長髪の少女グリムが小さくくしゃみをして鼻をすすった。

 見ると、整った顔立ちの鼻先が少し赤くなっており、こちらも機嫌悪そうにしている。


「寒い?」


「……ここら一帯を焼け野原にしたいぞい」


「ああ、そう」


 だからちゃんと防寒具のゴツイ外套を着ろって言ったのに。

 重いとかわがまま言って昨日、自分で燃やしてしまったせいで、今は薄手の民族衣装みたいな服しかグリムは着ていなかった。


 まして爬虫類は変温動物だ。

 彼女にはこの寒さは相当に堪えるとみえる。


 僕は自分の防寒外套を脱いでグリムの頭からそれを被せてやる。


「むう……」


 すぐさま返そうとしてきたグリムを手で制した。


「意地張るな。身体の造りはほとんど人間なんだろう? だったら風邪ひかれると困るし。あと、今度からこっちの忠告はちゃんと耳に入れるように」


「……うん」


 小さく頷いた彼女はいくらかもぞもぞと自分を蠢かせると、その身体に僕の外套を巻きつけた。

 するとサイズが合ってないのでまるで芋虫が二足歩行で歩いてるみたくなる。

 まあ、不恰好だけど仕方ない。

 外套が無くなって僕の肌に冷気が突き刺さったがこっちは問題ないだろう。

 壊死しない程度に体温を調節してやればいい。


 そのへん自分の身体をいじくってやってるとグリムが不意に腕を引っ張った。


「なに」


「ご主人、いかん」


「なにが」


「これではわしの手が冷たいままじゃ」


 なるほど。

 身体を覆っている外套から出したグリムの手は見るからにかじかんでいる。


「でもなあ。あいにく僕は手袋なんてものを持ってないんだけど」


「うむ。そこで利口なわしは考えた。ふははっ、こうすればよいのだ」


 ぎゅっと手をつないでくるグリムに僕は握り返すこと以外、何もできない。 

 こんなんで本当に温まるのか。

 意味がないように思えたが、ぶくぶくの芋虫はスキップを始めていたので何も言うまい。


『けっ、ロリババアがあざといことしますねぇ~。あ~やだやだっ』


 剣の呟いた声が白い雪の混じった風の音で消える。


「あらあら。ふうん。へえ」


 さらに、アルデバランに横乗りしてこっちを眺めていたユーリが奇妙な仕草でわざとらしく頷いていたりなんかしていた。


 なにそれ。

 なんかムカつくなあ。

 半眼で睨んでやるとユーリは肩をすくめる。

 そんな彼女に僕は意地の悪い質問をば。


「本当にいいのか。きみを慕っていた人間たちを騙して」


「そうね。よくないわ。でも、私は自分自身でそれが必要だと判断した。だから、裁きはすべてマルクトの再興が成ってから受けるわ」


「そういうもんかねえ」


「そういうものよ」


 小さく笑ったユーリは、視線を僕の背後。

 今ははるか遠くなったマルクトの大地へと向ける。


「必ず私は帰るわ」


 誰かに言い聞かせるように呟く彼女の台詞は、未だ終りの見えない氷の大地に沈んでいった。


【第一章[表]・完】



「あ、そういえばヒルデ」


「なんだ」


「えっちなお願いまだ聞いてもらってないよね?」


「な、ななな、なぜ今それを言うかああああああああああああああああああああっ!」

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