189話
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あとで植え替えてみようと勝利の女神だった蒼い小さな花の隣に、目印として剣の黒鞘から取り出した旗槍を突き刺した。
そして足を引きずりながら周囲を歩き回って剣の残骸を収集することしばらく。
静かだった剣が叫び始める。
『折れたああああああああああああああああああああああああああ~っ! 私の足の親指がああああああああああああ~っ! ねぇ~、マスター聞いてますぅ~っ! 折れちゃったんですよぉ~っ! 私の右足の親指がぁ~っ! ふぇ~んっ、もうお嫁にいけないよぉ~っ、うわあああああああああああああああああああああああんっ! マスター聞いてますかぁ~っ! お~いっ!』
「あー、はいはい。ちょーっと五月蠅いから黙っといてくれる?」
すごく眠いのに頭に声を響かせられるとブチ切れそうになるのだ。
っていうか、刃が真っ二つに折れてたはずなのになぜくたばらないんだ。
舌打ちしてると黒い鞘に納まる剣がなんか怒りはじめていた。
『ぷんすこ! マスターだってタンスの角に足の親指をぶつけたら痛いでしょ~! それとおんなじなんですからねぇ~! もう少し慰めてくれたっていいじゃありませんかぁ~!』
「あのねえ。こっちは心臓を破壊されてる上に眠たくて活動停止ぎりぎりの状態なの。なのに、散らばったお前の破片をこうやって律儀にも探してやってるんじゃないか」
『えぇ~、その点については感謝してますけどぉ~。でもぉ~、もとはと言えばぁ~、マスターが油断して私を折るからいけないんじゃないんですかぁ~。ぶーぶーぅ』
あ?
この剣め、糞生意気にもご主人さまに立てつこうっていうのか。
まったくもってけしからんね。
折ってやろうか、と思ったところではたと気づいた。
そうだ。
もう剣は折れている。
ということは折っても剣を葬り去ることはできないということだ。
なんてことだ。
く、もう溶鉱炉造ってそこに落とすしか……。
『マスターってば何やら不穏な事考えてますねぇ~? でもそんなマスターを許しちゃう私ってば、さっすが魔剣のかがみっ! あっ、そこに最後の欠片がありますよぉ~。もうちょっと右、右、あ、そこそこ』
ああ、これか。
僕は地面に転がってた銀色の破片を全力で蹴った。
きらりーん、という擬態語とともに大空へと消える剣の破片。
寒々しいつむじ風が吹く。
『いい、い、いやああああああああっ! ななななな、何するんですくぁ~っ…………って、いや、あのぉ~。ノリツッコミしましたけどぉ~、取りに行くのはマスターですよねぇ~?』
「うん、知ってた」
剣を杖にしていない方の手で自分の顔を覆う。
やばいな。
こんなヘマするのも、どうやら本気で活動限界に来てるらしい。
カタツムリよりも遅い速度で歩みながら、剣の欠片が飛んで行った方向に進む。
ようやく百メートルほど先の銀色の欠片が落ちている場所に着いたときには、もう一歩も動ける気力は残っていなかった。
というわけで、どさりと地面に倒れ込んだ。
『大丈夫ですかぁ~?』
「や、もう駄目だ。しばらく寝る」
『ふうん。ではぁ、おやすみなさぁ~い』
「ああ、おやすみ」
目蓋を閉じるとき。
蒼い小さな花が咲いていた辺りにふと向けると、馬に乗ってきた誰かさんが跪いて赤子のように大泣きしている姿が遠くに見えた。
けれど、僕はそのまま休眠することにする。
もう『ここですよー』と叫ぶ体力も残ってなかった。
それにまあ、こんなボロボロの格好を見られるのは少し照れ臭いしね?




