187話
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「……が、ふぅ。が……はっはっ。読み違えたか、のう……」
将軍のゲロした血液が僕へ降り注いでくる。
歯を食いしばって、その隙間からシュウシュウと息を吐いていた僕はもらいゲロ。
というか、【エリュシオン】の効果が切れちゃったようだ。
自分の胸元からドクドクと血液が流れ、酸素の回らなくなった脳が悲鳴を上げているのがわかる。
頑張れば酸素がなくても稼働できるのに律儀に擬態してるなあ、僕のナノマシンちゃん。
まあ、損傷した部分の修復は二、三日もあればできるだろう。
問題ないね。
それよりも今、問題なのは目の前にいるこの化け物のことだ。
「ざ、ざっざどぎえうぜろぼぼ」
血反吐しながら、僕は全然消え失せる気配のない将軍に告げた。
ていうか、本当に心臓を突き刺せばいいんだよね?
ここまでしといて『はい残念でしたそれはフェイクでぇーす』とかだったらさすがに温厚な僕でもスッゾゴルァ。
そんな太古のヤンキーみたいに適当な悪態ついてるとハンニバル将軍は後ろによろける。
それについていく気力はもうないので、ハンニバル将軍にもたれていた僕は肩で息をしながらその場にかろうじて自立した。
朦朧とする意識の中で、剣を胸に刺したまま笑っている将軍を睨むことしかできない。
「がっはっはっ! 安心せい小童。お前の、勝ちよ。そして、儂の負けじゃ。おうおう久しぶりの負けの味じゃのっ! 舌が躍りよるわ! がっはっはっ!」
じゃあ、早く消えなさいよ。
そして、その手に握っている剣をさっさと離しなさいよ。
「ああ、そのつもりじゃわい。いやしかし、よい戦いであったぞ小童。お前を儂の宿敵に数えてやってもよいとさえ思うておる。がははっ! どうじゃ!」
やだね。
僕が口をへの字にしていると、ハンニバル将軍は再び大きく笑ったあとバッと背中を向けた。
握った剣を空高く掲げる。
「モノノフどもよッ! 此度の戦は負けてしもうたわッ! しかし我らに雌伏は似合わんッ! なれば次こそ勝利を掴むためッ! まずはあの世を制覇し、再びこの地へ戻らんッ! さあ地獄への進撃ぞッ! ものども儂に続けぇッ!」
胸に穴が開いているくせに、その咆哮は戦場の隅々まで響いていた。
戦の音が鳴っていた遠くの砦の方も途端に静かになる。
そして。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――。
ふざけるな、と言いたい。
負けたくせに、魔族の軍勢は今までで一番大きな負け鬨の声を叫びながら。
僕がまばたきをした直後、そこにはもう燻る黒い靄と二つの魔剣しか残っていなかった。




