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ある日、空から剣が降ってきた。  作者: まいなす
第一章 “白き山裾城”決戦
181/198

180話 彼の根源、憎悪の記憶、そこからすべての終りが始まった



「第六シェルター【ティファレト】でまた内乱が起こったらしいですよ。今度の規模は鎮静化に時間かかりそうです」


「そうだねえ」


「第十シェルター【マルクト】にいる過激派なんですけど。他のシェルターへの破壊工作を計画しているみたいです。潰しておきますか?」


「そうだねえ」


「聞いてますか、師匠?」


「そうだねえ」


 駄目だこりゃ。

 僕は首を横に振る。


 あれから二年。

 いや、いつから二年が過ぎたのかわからない。

 便宜的に第三次世界大戦がわずか三日で集結してから二年が経過したと仮定しよう。

 そこは、つまり核により汚染された地球は、すでに“セフィロト計画”で建造されていた十基の巨大シェルター内でしか人類は生存できない星になっていた。

 ここは、師匠が編み出した心理テストと遺伝的判定で選ばれてシェルターの住民になれた十億の人間は生き残ったが、そうでない四十億の人間たちは皆、死に絶えたあとの世界だった。


「おや、なんだいその顔は。何か言いたそうだね」


 遠くに広がるかつては栄えていただろう荒廃したビル群を眺めて振り返らずに話した師匠は防護服を着ていた。


「べつに」


 僕はため息を吐いて師匠が見ている景色を追跡する。

 赤茶けた灰が吹く空に太陽の光は濁っていた。

 その下で広がるビル群は不気味な影を落としている。

 その影に師匠は視線を固定しているが、もちろん僕の視力でもそこに何があるのか見えはしない。


 師匠は小さく笑い声をあげた。


「ふふ、私にはわかるよ。君の言いたいことは。そうだね。確かに戦争のない世界にはなっていない。私が科学的に選んだ、争いを好まない人間だけを集めた閉じた世界を造りだしたのに、だ」


「でも、争う人間は一部いるけれど。大半の人間は互助して平和になってますよ?」


「そうだね。そして、その一部を根こそぎ狩りとって正常な人間だけを残しても、すぐ再び正常だった人間からその一部が産み出されていく。まるで癌だよ」


 僕は少しの間、口を閉じた。

 師匠の言うとおりだったからだ。

 争いがどんな無益なものかあらゆる手段を使って教育を、そして調教をしたって、どこからか争いは湧いてきてしまう。


「どうしてなんでしょうか。どうして」


「そりゃあねえ。君と私は違うからだよ。そして私と君は、違うからだよ」


「そりゃあねって。まるでこうなることを予想してたみたいですね」


「してたよ? だって私、天才だもの」


「あんたねえ。だったら僕とあんたは、今まで何をやってきたんだよ」


 口をへの字にした僕に、師匠は振り返った。

 彼女の顔は今までに見たことのないくらい、悲しい顔をしている。

 なんで?


「何を、なんて決まっているだろう? 戦争のない世界を造る。今まで、その目的のためだけに私は動いてきたよ」


「……だったら、これからどうするんですか」


「そうだねえ。そろそろ、最終段階に入っても良いころかもねえ」


「最終段階? なにそれ、初耳なんですけど」


「当たり前だよ? だって私は君に一言も言ってないからね。おやおや、なんだいその顔は。不服そうだねえ。もしかして教えてなかったことに不満かい? この可愛いやつめっ」


 防護服で包まれた指でつついてくる師匠をけん制する。

 しっしっ。

 師匠は頬を膨らませた。


「この可愛くないやつめっ。チューしてあげないぞ」


「別に三十路のちゅーなんていらないですけどね。それで、なんなんですか。その最終段階って」


「ん? いや、まあ、これかな」


 彼女は提げていたかばんの中から何かの装置を取り出した。

 てれれてっててーん、なんて古めかしい効果音付きで出てきたその装置は見覚えがある。

 確か、一年ほど前に師匠が寝る前にベッドの上で組み立てていたものである。

 おかげでネジの一本が僕の背中に刺さって泣いたのは良い昔話だ。


 それでなんでそんなものが今ここで出てくるわけ?

 僕が眉をひそめて彼女を見守る。

 すると師匠はその装置のボタンをぽちっと押した。

 アンテナみたいなものが飛びだす。

 さらには拳銃の引き金のようなものと、あとクリアカバーがしてある赤いボタンが出てきた。


「えっと、確かトリガーは三回だったっけかな?」


 師匠は装置の引き金を三回引っ張る。

 すると、赤いボタンにされてるクリアカバーがぱかりと開いた。


「……なんですか、その面倒な装置は。ボタンだけでいいじゃん」


「おいおい、いとをかしくないねえ君。この浪漫をわからないのかい?」


「わかりません」


「だろうね。君はそういう人間だよ。そういう君のことを私は大好きだった」


「は? 愛の告白なら後にしてもらえます?」


 いいから。

 それが何の装置かさっさとゲロしろ。


 笑いながら。

 そう。

 いつも通り笑いながら、片方の目から涙を流している師匠。

 何を考えているのか知らないけど、いや。


 わかってる。

 本当は、思い当たるふしがあるんだ。

 なぜなら、人間は一人一人、違うからだ。

 君と私とが違うから、争いは起こってしまうんだ。


 争いを本当に無くそうとするのなら。

 人間は滅びるしかない。


 彼女の天才的頭脳が導いた唯一の解は。

 つまり、そういうことだ。

 

 僕は腰のホルダーから無骨な黒い拳銃を取り出して彼女に照準した。

 遠距離攻撃は苦手だけど、この距離なら外さない。


「撃つのかい? 今さら、私を」


「それは、なんですか」


「これかい? これはちょっとした信号を人工衛星を介して世界中に発信できる素敵な機械だよ。さらに言うと、“セフィロト”計画で建造されたシェルター。それぞれ違う企業が請け負ったんだけれど、その設計を担当したのは全て私だ。そして、誰にもわからないように、ある構造的欠陥を仕込んでおいた。そうだね。例えば、小さな爆破によって、シェルター全体がぺしゃんこになってしまうような、そんな致命的欠陥だよ」


「なんでそんなものを」


「君も知ってのとおり、世界から争いを無くすためさ。私の計画は、最初からこうだった。そのために外界を汚染した。それだけじゃあ人間はしぶといから存続する可能性がある。だから生き残った人間を数か所に集めた。あとはどかん、さ。戦争を無くすためにはね。この方法しかないんだよ」


「かもしれないですね。でも、それは駄目だ」


「君の見たかった戦争のない世界はすぐそこなのだよ? それを拒むのかい?」


「あんたにそれは押させない」


「そう……」


 師匠はため息を吐くと、赤いボタンに指をかける。

 彼女は今までには見たこともない哀しそうな笑顔で、両目から何かしらの液体を流していた。


「だったら、なんでもっと早く私を止めてくれなかったの?」


 馬鹿。

 それは僕があんたのことを■していたから止められなかったんだろうが。


 でも今はもう、どうでもいい。

 悪魔が赤いボタンをポチる前に、僕は不慣れな得物の引き金を引いた。


 ぱあん。













 ――――あれ? なんで?

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