177話 そういえばあのクレイモアにもそんな銘があったなあ
亀裂から見えていた眼球が消える。
城の扉を叩いていた音も消える。
そしてしばらく、戦場は静寂した。
城内にいる兵士たちの汗が伝う音さえヒルデシアは聴いた。
誰かが生唾を呑む。
次の瞬間。
どおん。
兵士たちが押さえていた扉は木端に破壊された。
矢継ぎ早に魔族たちが城内に入ってくる。
そのどれもが血走った目だ。
まるでこちら側に恨みでも持っているかのような瞳である。
さらに口元はというと戦うことに悦びを得ているのか恐ろしい笑みを浮かべていた。
「我らの誇りを死守せよ――――ッ!」
そう叫んだヒルデシアは震える足を鼓舞して前に出る。
他の兵士たちも手近な魔族へ攻撃する。
しかし、数が違う。
あとからあとから雪崩れてくる魔族たちに、また一人、また一人と殺されていった。
ヒルデシアは舌打ちをする。
彼女の瞳が、たったいま入り口からノソノソと這入ってきた魔族に向いていた。
その魔族は、巨大だった。
人間を縦に二人並べて、横に三人並べたような巨躯を揺らしていた。
攻城櫓を引いていたウォーギガントである。
「くそっ……!」
ヒルデシアは周囲の魔族を自ら握る大剣と不折剣クライゼヴァーモールの二剣でもって一度に斬り伏せると駆け始めた。
何かを探しているようにウォーギガントは城内をぐるりと見回しているからだ。
そして、それが一直線に大広間の中央に立つユーリティシアスの方へ歩いていくからだ。
「はあああああああああああああッ!」
ヒルデシアは自らの後方に突風を発生させ、自分の身体を加速させた。
大剣を捨て、クライゼヴァーモールの切っ先を前に出す。
そのままウォーギガントへ真横からの刺突を繰り出すためだ。
「なっ、……くっ」
しかし、ウォーギガントはクライゼヴァーモールの切っ先をいとも容易く掴むと、そのままヒルデシアごと明後日の方へ投げたのだった。
地に何度か打ちつけられたヒルデシアがよろよろと立ち上がった時には、すでにウォーギガントはユーリティシアスの目の前に立っていた。
「姫さまぁ――――ッ!」
彼女は叫ぶが、彼女の足が前に出てくれなかった。
ユーリティシアスが、自壊装置の引き金を握っていた手に力を込めるのが見えた。
ウォーギガントは手を組んで、ハンマーみたくなったその拳を振り上げている。
ヒルデシアはここまでかと唇を噛んだ。
ならば主とともに、沈むまで。
彼女はそう思った。
その時である。
「やーめた」




