175話 どどど、どどどどど、どど
◇
エライム砦最上層。
そこに鎮座する城の中の大広間。
興奮するアルデバランの首筋を軽く叩いてやりながらヒルデシアは舌打ちをする。
どおん。
それは滅びの音だ。
さっきまで外ではグリムリュートの咆哮が何度か聴こえていた。
しかし今はもう、それは聴こえず、代わりに滅びの音が響いていた。
どおん。
中へ入ってこようとする魔族たちの体当たりで外へ通じる城の扉が軋む。
それを押さえていた十何人もの兵士の重なりが一瞬崩れそうになったが、再び彼らは扉へ身体を密着させて魔族の侵入を防ぐ。
しかし、それも時間の問題だろう。
現に、城の扉には小さなヒビが刻まれ始めていた。
視線を切って、ヒルデシアは自らの主――――ユーリティシアスを探した。
城中には負傷した兵の血肉と汗の臭いが立ち込めている。
その中の一郭にヒルデシアは彼女を認めた。
彼女は横たわる血まみれの兵士の手を握って励ましの言葉をかけている。
ヒルデシアは彼女のもとへ歩いていった。
そしてユーリティシアスの後ろに立ったちょうどその時のこと。
兵士の手が力なく垂れたのを機に、彼女は一度目を閉じて祈りの言葉をささやいて兵士の手をそっと胸元に置いた。
「姫さま、ここも、もう危険です。坑道へお入りください」
ヒルデシアの諫言にユーリティシアスはゆっくり首を横に振る。
「そうね、ヒルデ。皆に撤退を」
「姫さまが先に行ってください」
「だめよ。私にはここに残ってやることがあるもの」
ユーリティシアスは笑った。
彼女は砦守のトラウゴットからとあるものを手渡されていたのだ。
それはこの城を崩壊させる自壊装置の起動引き金。
確かに瓦礫でドワーフの坑道入り口である黒の扉を塞げばある程度の時間稼ぎができる。
しかし自壊装置があるのは城の大広間の中央。
しかも、装置が起動すれば黒の扉の内部に組み込まれた鍵が自動的にかかる。
そうなれば扉を破壊するまで絶対に開くことはない。
つまり、自壊装置を起動した者は、この城と運命を共にしなければならないのだ。
ヒルデシアはユーリティシアスに詰め寄った。
「駄目です。姫さまはまだ死んではいけません。私がそれをお預かりします」
彼女の首に提げられた自壊装置の起動引き金を取ろうと伸ばしたヒルデシアの手を、彼女はひょいとかわす。
「あら? あなただって、ここで死んじゃったら、もう大好きなイズィに構ってもらえないわよ?」
「だっ、だだだだだ、誰が誰を好きだなんてっ!? というか、い、今そんなことは関係ないでしょうっ!」
真っ赤になったヒルデシアに、ユーリティシアスは唇に手を当てて笑顔で追撃する。
「えっちなお願い、してもらうんでしょう?」
ヒルデシアの顔が爆ぜた。
「どどど、どどどど、どうしてそれをっ!」
慌ててキョロキョロと周囲を確認するヒルデシア。
彼女の視線から逃れるように、負傷して死にかけているにもかかわらず耳を大にしていた兵士たちは目を背ける。
そんな様子をお腹を抱えて笑って見ていたユーリティシアスは目尻の涙を拭った。
「あー、図星だったんだ」
かまをかけられたことに気づいたヒルデシアは唇を噛んだ。
「あー、図星だったんだ」
「……く、二回も。こ、こんな時くらい、からかわないでください」
「こんな時、だからこそよ」
ユーリティシアスは静かに言った。




