174話 踊るとなれば阿波踊りでも披露するしかないね
「はあッ!」
向かってくるハンニバル将軍は交差する手前で斧を振る。
そこから放たれたのは雷撃。
ビームみたく直進してきたそれは、僕の手前で弾ける。
まるで大樹の根のように拡散して伸びてくる稲妻に進路を阻まれる。
駆けていた僕は、次に踏み出した足を逆ベクトルへ蹴って身体を後ろに跳ばす。
未だ直進していた自分の残像が将軍の雷撃に包み込まれて消えた。
「がっはっは!」
自ら放ったその雷撃を突き破って猪突してくる将軍は吼える。
後方に跳躍していた僕は、もう一度地面を蹴って将軍へ肉薄した。
「ゆくぞオオオオオオオオオオオオオオいっ!」
彼は広げた両手に一振りずつ持った斧で僕を挟み込んできた。
おっと、でゅわっち。
僕の胴を横真っ二つにしようとしたその攻撃を跳んで躱す。
蒼い空が見えた。
遠くの方に、鷲のような鳥が孤独に飛んでいる。
昂ぶりにより脳内で圧縮される時間の中で、走り高跳びみたく背面跳びをした僕の背の下を将軍が知覚的にスローモーションで通り過ぎていく。
が、それも束の間のこと。
交差後、すぐに停止して反転したハンニバル将軍に、着地した僕は背後を盗られた。
しゃがみながら首を少し回して横目でチラ視する。
彼は二本の斧をいつの間にか合体させて変形、すでに柄の長い斧槍――ハルバードを振りかざしていた。
そのハルバードの先端は三日月形の斧部と、反対側には円形に四本爪のスパイクが並んでいた。
スパイクの間からは稲妻が噴き出して斥力を発生させ、どうやら斧槍の振りぬく威力を高めているらしい。
将軍がコマの様に横へ薙ぐ斧槍の穂先が踊る。
雷の尾を引くそれを、僕は最小限の動きでもって避ける。
それでも斧槍の攻撃は止まらない。
ありえない軌道を描いてあらゆる角度から、僕をひき肉にしようと食らいついてくる。
全ては避けきれない。
仕方ない。
避けきれない斧槍のその捌きは剣でいなして軌道をそらせた。
があん、とか。
ぎいん、とか。
ぶつかり合う度に衝撃波が同心円状に広がっていく。
さすがに一撃一撃が重い。
まるでトラックを跳ね返しているみたいだ。
さすがの僕でも身体全体を回転させて遠心力を加算した迎撃でしか打ち返せない。
斧槍と剣は触れ合うたびに、閃光が弾け、剣戟の響きが鼓膜を揺らせた。
そして数えること二十合を超える殺陣を数秒で演じたあと。
互いに距離をとって笑い合う。
「がっはっは、当たらんなあ!」
「あっはっは、斬れないなあ!」
『あのぅ~、マスター? 触れたら砕け散るくらい繊細でか弱い私の耐久のほうも考えてくださいねぇ~? 折れるのはその、さすがに嫌ですよぉ~? あ、これはフリじゃありませんからねぇ~』
恐る恐ると言った感じで進言してくる剣の声なんて耳から追い出す。
いつの間にか僕と将軍の戦場は魔族たちに囲まれていた。
彼らは十分に離れた場所からこっちの戦いを見ている。
そして野次を投げるような雄叫びを上げたりして大盛り上がりしているのだ。
しまいには手を打ち鳴らし足を踏み鳴らして陽気なリズムを取り始めたから困る。
踊っちゃうじゃないか。
「さあッ、お次はどうじゃッ!」
ハンニバル将軍は槍斧をまたもや変形させた。
あれは恐らく多節鞭。
切っ先鋭いセグメントが雷で連結された極長の鞭を大蛇の如くうねらせて、将軍はカモーンと挑発してくる。
ほんと、やり難いなあ。
あんなに得物の間合いの距離をころころ変えられちゃったら、あっちの反射速度にこちらが付いてけなくなる致命的距離にうっかり踏み込んでしまいそうだ。
さらには全ての形状の武器について仙人並みに卓越した技量を持ち合わせてるハンニバル将軍の武才も心憎い。
そうしてカモーンとか言ったくせに、ちゃっかり背後から強襲してきた多節鞭の先端部分を僕は避ける。
そういえば、彼女たちの方はどうなってんのかな。
瞬間瞬間で最適解をくみ取り続けつつ、将軍がミスるまで暇なので砦の城にある気配を探ることにした。




