173話 消えなかったら馬刺しにしていた
――――のは、嫌なので。
避ける。
と見せかけて、一歩前に踏み出す。
そして正眼に構えた剣を振り下ろした。
刃先が黒馬の鼻先に当たって吸い込まれていく。
血肉を切り裂く綺麗な音色が響いた。
刃が地面に当たる寸前でぴたりと止める。
未だ剣閃の残滓が尾を引いているうちに止めていた息を吐く。
というわけで、僕は黒馬を正中線で真っ二つにぶった切ることに成功していた。
分裂して僕の両側を通り過ぎて行った八本足の黒馬は、そのまま走りながら一ついななくと、黒い靄となって消えていった。
最期まで地を駆けながら逝くなんて、なんて羨ましい散り方なんだ。
そう思っていると、僕が剣を振り下ろす寸前で馬上より跳び上がっていたハンニバル将軍が地面に着地した。
彼はボディビルみたいなポースをとりながら大いに笑う。
「良い馬であったっ! 良い馬であったぞっ! わかるぞ小童ぁ! できることなら、あやつのように逝きたいものよなあっ! がっはっは!」
僕の思考を読んでるみたいな台詞はヤメテ。
「いやしかしのう。儂はてっきり、あそこでお前は避けると踏んでいたんじゃがのう」
そんなことしていたら将軍の槍で串刺しにされていただろう。
槍を地面に突き刺して髭を撫でている将軍にジト目をくれてやる。
「やっぱり帯電してるのはあんたとその魔剣だけなんですね。麻痺らないし」
すると彼は槍と盾に分離した魔剣を再び戦斧に合体させながら言った。
「がっはっは! なるほど。ばれたか! しかし小童、お前はこれからどうするつもりぞ? このままでは儂に傷一つ、いや、攻撃すらできんぞ? なぜならお前が攻撃するということは、必然的に儂や剣に触れるということじゃ。するとどうじゃ? 瞬く間にお前は地に伏せるじゃろうて」
「嘘つけ。僕があんたに攻撃するのになんで必ずあんたに触れなきゃなんないんだよ。触れるのは―――――」
剣だけだろ。
ハンニバル将軍に地を這うように肉薄した僕は追い抜きざまに彼の足の腱に剣先を滑り込ませる。
剣先が将軍の皮膚に触れる間際、静電気みたく指向性の稲妻が飛び散ってスパークした。
『あひぃゃぁ~んんんんんんんっ! びりびりぃ~っ! やっぱタケミカヅチたんのびりびりいいのぉほぉおおぉっ~!』
そんな耳障りな声を聞いたが、彼と距離を置いた場所で反転して再び半身の構えをとる僕の身体に異常はない。
強いて言うなら、僕がハンニバル将軍に負わせた傷が瞬く間に修復されてるところを見て、ちょっと落胆したことくらいである。
「まあ、そうなるわな」
『はぁっ、はぁっ、ん……、もう! マスターってばガハハ対策を話し合ってたときに言ったじゃないですかぁ~! あれは心臓を一突きしない限り修復されちゃうってぇ~!』
「知ってる」
『だったら一撃で決めてくださいよぉ~! 私だってそう何回もビリビリされるのは嫌なんですからねぇ~? ちらっ』
剣のフリは無視して仕方ないじゃないか。
だって心臓をグサるには相手の懐深くまで入らなければならない。
そうなると、だ。
あっちの攻撃が僕に入っちゃうんだよなあ。
巨大な戦斧を半分に分離させて二斧流となった将軍が高笑いしながら突っ込んでくるのを眺める。
近づきすぎれば、やられる。
かといって、遠すぎればやれない。
このジレンマが痛い。
ならば、僕が取る方法は一つ。
近すぎず、遠すぎず。
そんな間合いを保ちつつ攻守に専念し。
そうして何十、何百、何千、下手すれば何万と手合いを重ねていって、相手が誤った行動を選択した時にすかさず踏み込んで刈り取るしかない。
(※ただし、こちらは一つのミスも許されない)
たぶん将軍に僕の考えてることは筒抜けだろう。
だからミスリードを入れてくる。
それを見抜きつつ、彼が本当に過誤った時だけ踏み込む。
(※ただし、こちらは一つのミスも許されない)
誰でも考えられるような糞作戦だ。
だからこそ、何か決め手がほしいところなんだけど思いつかないんだよなあ。
ため息を吐く。
ここからは全神経全思考をハンニバル将軍に収束させなければならない。
頭の片隅で地面に突っ伏す僕の映像(百万回目)を削除した。
結局、最後までぶち殺せるイメージは掴めなかった。
まあ、いいや。
この努力が報われても報われなくても関係ない。
「現実であんたをぶち殺せば、全部チャラになるよね?」
犬歯を剥き出しにした僕は剣を逆手に持ち返って、迫ってくる雷獣の方へ駆けだした。




