170話 おいでませ、でゅわっち。そして、しゅたっ。
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投石機で投射された巨石が最高点に達した時。
僕は巨石を蹴ってさらに高度を稼ぐ。
稼いで。
稼いで。
稼いで。
やがて重力に負けて身体が落下し始めた時に手足を広げた。
風を切る音が耳に響く。
脇と股の間にある布が風を受けて、それが落下速度を緩めるばかりか揚力さえ産み出して飛行する。
僕がいた世界で、いま着てるこれはウイングスーツと呼ばれる代物だった。
ムササビのように滑空するために作られたその服を、僕はよく局地拠点強襲作戦とかで使っていたうえ、師匠のお遊びのスカイダイブにもつき合わされたりしてたからなあ。
急造の手作りとはいえ、空中で姿勢制御するのはわりと難しくなかった。
それよりも飛距離の方が心配である。
眼下に広がる黒い魔族の大軍を眺めながら、滑空速度を上げていく。
そろそろ時速三百キロメートルは超えるところかな。
そこで一端、地面に群がる黒い集団が途切れた。
平原が流れていく。
どうやら攻城部隊と母集団との間に入ったようだ。
この分だと、あと三十秒くらいで敵の本陣だ。
そしてしばらく。
また眼下に黒い魔族の軍勢が入ってきた。
明らかに今までの魔族とは違って一匹一匹が強そうである。
まあ、今の僕には関係ないけどね。
前方の少し小高くなってる丘の上に陣幕が見えた。
その手前に広がる魔族の軍勢の母集団を見渡せる場所だ。
中からは強大な気配が手招きしている。
そこがゴールだと確信した。
とか思ってるうちに滑空高度の限界域に入る。
その瞬間、僕の手が背負ったリュックから出ているヒモを引いた。
何かが開く音。
地面ぎりぎりまで滑空していた身体に斜め後ろ方向への急制動がかかる。
よし。
手作りパラシュートも開いた。
その役目もちゃんと果たしている。
オバチャンたちの裁縫技術には感服である、あーめん。
十分に減速したのを見計らって今度は腰の留め金具を解除した。
すると連動して身体のあちこちにあった留め金具が開かれ、背中のリュックと一緒にパラシュートが切り離される。
ついでにウイングスーツもルパン脱衣的に空中で脱ぎ捨てた。
揚力を失って自然落下する僕の身体はほどなくして陣幕がある丘の手前あたりに着地する。
そのまま何度か前回転して受け身をとってから走った。
目指すは丘の上だ。
周りに魔族はいない。
僕の後方から慌ててこっちに向かってくる魔族たちの一軍を感じた。
けれどもう遅いのだ。
障害物もない丘の上にはすぐに到着。
そこにあった陣幕を走り高跳びの要領で飛び越える。
こうして僕は空中で五回転くらいしてから敵本陣中に着地したのだった。
さて、敵本陣には果たしてお目当ての人物は、いた。
どしんと胡坐かいて酒樽を仰いでいたハンニバル将軍が嬉しそうに手を叩いていた。
自分の口角が吊りあがるのを感じる。
「来たぞ」
僕は言う。
すると彼はゆっくりと立ち上がって高らかに笑う。
そして後からやってきて僕の方へ槍を向ける魔族たちに下がれと命じた。
手を出したものは自分が殺すと、そう言って魔族たちを下がらせた。
「来たぞ、将軍」
もう一度、僕は言う。
ハンニバル将軍は再び大きく笑い声をあげたあと、脇にあった巨大な戦斧を引っ掴んで叫んだ。
「待ちわびたぞ、小童ぁっ!」
うん、良いお返事で何よりだ。
だから僕は手を挙げて、暇をしているだろう剣にさっさと来いやと命令した。




