159話
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深紅のドラゴンはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その巨大な翼は折りたたまれて翼爪が光っていた。
その長い尻尾は一歩ごとに鞭のように揺れていた。
その綺麗な縦割れ瞳はまっすぐに僕をロックオンしている。
やがて僕の目の前で立ち止まったドラゴンはじっとこちらを見下ろした。
というわけで思わずハンズアップ。
そしたら彼ないし彼女はゆっくり頭を下ろして目線を合わせてくる。
何かを伝えるような感じでドラゴンの咽喉が鳴った。
『えっとですねぇ~、マスタぁ~? このババア、マスターを乗せてあげてもいいと言ってますけどぉ~? 借りを返しに来たとかなんとか』
「僕は老体に負ぶってもらうほど落ちぶれちゃいないぞ。そもそもババアだなんて、どこにいるんだ。まさか目の前のこいつのことか?」
『そのまさかでぇ~す! このババア、ざっと見積もっても三千年くらいは生きてるババアですからねぇ~! ババアじゃなかったらどう言えばいいのかって話ですよぉ~!』
三千年とか。
まだ若いだろうが。
僕は舌打ちをして剣を睨む。
一方でドラゴンの瞳も動いていた。
そして、まるで塵を見るような目で僕の腰に差さっている剣を見たのだ。
それを確認した僕は一つ頷く。
このドラゴンに全幅の信頼を寄せてもいい(確信)。
『ちょ、ちょっとぉ~マスターっ!? そのロジックおかしくありませんかぁ~っ!?』
「さて、怪我はもういいのか?」
『無視ですかよっ!?』
剣の叫びに混じってドラゴンが低くうなった。
体表を覆う鱗には所々にまだ再生できていない傷がグロく跡を残している。
しかしドラゴンは気丈にも『馬鹿にするな』というような目で見返してくるからどこかの五月蠅い塵鋼とは違って頼もしい。
そうと決まったら僕は姿勢を低くしたドラゴンの背に飛び乗った。
時間は押している。
剣の鞘からクレイモアを引き抜く。
「んじゃあ、まあ。とりあえずウォードラグーンだっけ? 全部ぶち殺すぞ」
ドラゴンが咆哮する。
ゆっくりと地を蹴り始める。
しばらく加速。
どんどん加速。
第二層のふちが近づいてくる。
それでも加速を止めない。
翼も折りたたんだままである。
「おいおいおいおいおい。いい加減、飛んだ方がいいんじゃないかって僕の心臓がぉギャー」
台詞が悲鳴に変わる。
ドラゴンは再び咆哮して第二層のふちから跳びだした。
当たり前だが星の力に引っ張られて落下。
僕の内臓が慣性の法則につられて気持ち悪い感覚を刻む。
だからジェットコースターみたいな絶叫マシーンはあんまり好きじゃないことを無理やり思い出させられる。
そこでようやくドラゴンは翼を全開にした。
落下していたその巨体はたちまち揚力を得て、立ち込める灰煙を引き裂いて急上昇し始めた。




