15話 異世界にもやもりはいた
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三つの太陽が全部沈んで、二つの月が上り始めた頃。
その間にドラゴンがいつの間にやらいなくなっていることに気づいたがそれは別に気にしない。あと、どこかから『ひぃっ、やもりっ』だとか『ふへあぁっ、くもっ』だとか剣のエコーする叫び声が時折聴こえてきたがもちろん無視をして今に至る。
そんなことよりも、ようやく女の子が掘ってる穴の深さが彼女の胸のあたりまでに達したことのほうに興味を持つ僕なのである。
「そのくらいで、いいんじゃない?」
女の子が掘ってる穴の近くでたき火を焚いていた僕は彼女のほうを見ながら言った。
穴の中から這い出てきた女の子はさっそく脇に安置していた母親を引っ張って穴の中に入れようとしたがなかなかできない。
眺めていると、どうやら女の子の両手は潰れたマメとかで血がにじんでおり、握力を発揮できる状態ではないらしい。
「ちょっといいかな」
「………………」
手を止めてこっちを見る女の子の両手に手を伸ばしたが、びくりと震えて彼女は両手を引っ込めた。そしてその反動で尻餅をつく。
あちゃー、かなりおびえられたようである。
「ごめんごめん。こいつは失敬、驚かせちゃったよな。ちょっとその手をどうにかしようと思ったわけで。ちょろっとでいいから見せてくれない?」
女の子はじっとこっちの目を見つめてくる。
何かを探るような目つきである。
しばらく、ぱちぱちというたき火の音が辺りを支配する。
僕は肩をすくめて、湖からとってきた魚を火であぶって食った。
うめえwww。
二匹目を頬張っていると、服の袖を控えめに引っ張られる。
見ると、女の子が両手を差し出してきていた。
救急箱から清潔な布を取り出して軽くテーピングする。
「よし。たぶんこれでいいんじゃないか。ま、がんばって」
女の子は自分の両手の具合を確かめるように軽く握る。
僕は三匹目の魚を頬張りながら、提案してみた。
「ほら、君一人でお母さんをあの穴に入れようとしたら、放りいれるしかないわけだろ。でも僕がやったら丁寧に穴の中に抱えていれてあげることができるわけだ。ここで提案なんだけどさ。取引、しないか?」
女の子の視線が揺れる。
「君がもし、僕が埋めた人たちにも手を合わせて弔ってくれるっていうんなら、僕は君を手伝ってもいいと思ってる。ほら、自分で言うのもなんだけど、誰だってこんな火傷跡のある得体のしれない男よりも、可愛い女の子である君に弔ってもらいたいもんでしょ。どうよ。のるかそるかは、君しだいだぜ」
女の子の視線がたき火の炎のように揺れた。
すると何も言わずに女の子は自分の母親の遺体の横へ歩いていく。
そして何も言わずに女の子はこっちを振り返って僕の目を見つめた。
取引、成立か。
よかったな。
僕に埋められたどっかの誰かさんたち。
ゆっくりと僕は十匹目の魚を呑み込み、よっこらせと立ち上がる。
[井戸の中]
†。oO(『……うう、うぅう、やもりこわいくもこわいやもりこわいくもこわい』)




