145話
金属と金属がぶつかる音。
それが止んだ後、何人かの兵士が負傷したようで衛生兵を叫ぶ声が木霊する。
僕とヒルデは大剣の影から這い出す。
見ると、続々と長い梯子がゆっくりと立てられて始める最中だった。
最上段には切り込み隊長よろしく魔族が掴まっている。
「壁上の騎士よッ! 総員、抜剣せよッ!」
ヒルデの叫ぶ声に、壁上通路に詰めていた兵士たちが弓を捨てて剣を腰から引き抜いた。
魔族たちの怒号と、騎士たちの怒声が合わさって気持ちの悪いハーモニーを奏でる。
壁の後ろにいる弓兵たちの援護射撃で放たれる矢群の風を切る音を背に僕は脇に伏せていた長槍を手に持った。
「きさま、本当にそんな武器でいいのか?」
「問題ないよ。どんな武器を持たせたって僕は強い。むしろリーチがあるぶんこっちの方が強いかもね」
「……きさまのその自信はいったいどこからくるのだ」
彼女はそんな呆れた声を吐き出した後、少しだけ頬を緩めて笑った。
ここでふと気づく。
あれ?
初めてヒルデの笑った顔を見たような気がした僕である。
こうしてみると、年相応それ以上というか何というか。
「な、なんだその顔は」
むっとするヒルデに僕は首を横に振った。
「いや、きみの笑顔があんまり可愛いもんだから呆気にとら……言っとくけど僕は味方だぜ? だから振り上げたその大剣を下ろそう、な?」
「うるさいッ! きさまが変な事を言うからだろうッ!」
でも僕はやっぱり彼女の怒った顔が好きなのだった。
なんて、嘯いてる暇はない。
大剣を振り回して地団太を踏むヒルデに目くばせする。
「いいか。きみらの虎の子【ウンディーネ】ちゃんで一掃するには敵の最後尾がもう少しこちらに近づいてこなきゃならない。だからそれまで、持ちこたえさせる。というわけで、きみは左の三分の一を頼む。んで、僕が残りを受け持つよ」
僕の提案にヒルデは首を横に振った。
「ふん、私を見くびるな。左半分は任せろ」
「へえ、意地張るなあ」
「意地ではないわ」
「まあ、いいけどね。危なくなったら女の子っぽく可愛い叫び声をあげなよ。そしたら、きみのところへ五秒で駆けつけてあげよう」
「ば、ばかばかっ! 誰があげるかばかっ!」
「じゃあ、そういうことで。期待してるから」
「な、なにが、じゃあそういうことで、だっ! 期待するなばかっ!」
掛け合いもそこそこにして手のひらを平手打ちし合う。
ぱしん、という音に紛れてヒルデが『死ぬなよ』と呟いた。
そちらこそ、僕はそう言ってお互いに背を向けあう。
[砦のとある路地裏]
兵士A「いやしかし待てよ? 薄汚いということは、使い古して持ち主は新しい剣を新調して出陣したのかもしれない。ということは、つまり、私がこの薄汚い剣の持ち主を探すことは無駄となってひいてはこんな大事に何をしているのだという話になるブツブツ」
†。oO(『…………』)




