143話
「投石機の射程に入った」
ヒルデが呟く。
その瞬間、一斉に風を切って砦中の投石機が振り子みたく重りを揺らす。
かくして巨石は撃ち出された。
ひゅるる。
風を切る音がした後。
どおん。
そんな破壊音が連続する。
十数個の巨石のうち、その一つが偶然にも攻城櫓にビンゴ。
それを打ち砕いていた。
中に入っていた魔族共々、木端になる攻城櫓に対してこっち側の兵士から歓声があがる。
オオオオオオオォォォオオオォオオオォォォォオ――――――。
しかしながら三万の鬨の声がもたらした大気の震えに、その歓声はかき消された。
まるで士気に衰えは見られず、か。
むしろこっちに近づいてくるごとに興奮ゲージを上昇させている。
そんなに戦うことが好きか。
魔族の軍勢の進軍する歩調は一定のリズムで地鳴りを響かせていた。
それから二射、三射と投石機が巨石を投げた段階になって、今度は魔族側の弩の射程に入ったようだった。
前列に並んでいた弩兵魔族たちがそれぞれのボウガンをこちらに構えはじめる。
一方で、僕の弓の射程に最前列がぎりぎり入る状態だった。
とは言っても、こっちの一般弓兵の射程にはまだ遠い。
なんせ長弓だもんね。
連射性に優れるけど、飛距離は弩に劣る。
さてそこで、だ。
「来るぞ。きみの出番だ」
「わかっている。きさまに言われなくても、私だって見えている」
ヒルデは背負っていた大剣を取り外して前方に構える。
その大きな得物は、朝日を受けて鈍く輝いていた。
ほどなくして魔族たちの進撃がぴたりと止まる。
そうして最前列の弩兵魔族たちが構えたボウガンから矢を放つ。
長弓で放つよりもはるかに強い初速を以て高く昇り、千を超える禍々しい黒矢が朝焼けの空を埋め尽くした。
それらはみるみる上方向の加速度を零にして最高点に達すると、今度はこっち目掛けて綺麗な放物線を描いて落ちてくる。
「知ってると思うけど、きみのこれからの活躍にはこっちの士気も関わってくるんだ。下手しても一本の矢も砦には落としちゃだめだ。まあ、なんだ。それができたらハグしてあげるよ」
僕の軽い冗談に返事はない。
息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐く音が微かに聞こえた。
隣のヒルデをみると、彼女の大きな胸が小さく上下していた。
それに合わせるようにして彼女の周りに風が集中し、渦を巻いていく。
肩をすくめてから僕は僕で弓を構える。
とりあえずダメ元だけど、弩を放つときに号令を掛けていた個体に目掛けて放ってみた。
「【拡散守護する南東の風】……ッ!」
時を同じくしてヒルデが叫ぶ。
風と風の、擦過音。
彼女が横薙ぎで振った大剣から、膨大な風の塊が一気に拡散して飛びだした。
それは白い壁の上空で、さらに不可視の壁を造りだす。
そして、そこに降ってきた黒い雨の軌道をシャットアウト。
撃墜、撃墜、撃墜。
その全てを、尽くを撃墜した。
砦まで届いた黒き矢は一つもなかった。
有言実行、美少女戦士ヒルデシアちゃんさまさまである。
僕が口笛を吹くと、隣でヒルデが良いドヤ顔をしていた。
彼女から視線を切る。
音をたてて白い壁の手前で大量に落ちていく矢。
その向こうで、僕の放った矢が一直線に飛んでって号令していた魔族の頭蓋を兜ごと粉砕していた。
しかしながら、消えたのはその魔族一匹のみだ。
やはり今、攻めてきてるのは同じ世代の魔族で構成された軍勢なのだろうか。
上位魔族をぶち殺して下位魔族を一網打尽、なんて都合のいいことにはいかないか。
でもまあ、塵も積もれば何とやらで、僕は弓を連射。
とにかく、他よりもわりと強そうな気配を出している魔族を一匹ずつ減らしていきながら思考を巡らせた。
[砦のとある路地裏]
兵士A「む、どうやら戦いが始まったようだ。こんなところで薄汚い剣と戯れている暇なんてないのだ。自分は自分に決められた役割をブツブツ」
†。oO(『…………独り言多いですねえ、この人』)




