136話
「……そこは即座に拒否するのねえ」
「だってきみは冗談を冗談で返して本気で行動するタイプだからねえ」
「あう。そういえばバレてたわねえ。私の本性」
悲しそうな表情を顔面に張り付けるユーリにデコピンしたら舌を小さく出された。
こういう人間の扱いは慣れている方だと自負している。
かくいう僕の師匠もこういう良い性格してたから。
例えば、こんな感じの記憶がふと思い起こされた。
『髪、綺麗ですね』
『キミは髪フェチかい。でも残念でした。私にとってはこんなもの邪魔で仕方ないよ。手入れが面倒なだけ』
『だったら坊主にすればいいじゃないですか、あっはっは』
『ふむ? ふむふむ。一理あるね、あっはっは』
で、次の日の朝。
僕が目覚めたら彼女が隣で全身脱毛してたからお察しである。
ビジュアル的に必要なこともあって、それきり師匠の髪とかの手入れは僕がすることになったんだっけ。
いや、何というか。
こういう大昔の懐古が蘇ってくるのも目の前にいる彼女と、向こうの柱の影でちらちらとこっちを伺っている彼女のおかげだ。
今さらであるが、よく考えると奇異な出会いである。
ヒルデの身体とユーリの心を合体させたら、ちょうどあの金髪の悪魔が出来上がりそうな具合なのだから。
ぶるりと身体が震えた。
これはたぶん物理的な寒さに反応したものではないだろう。
そう考えると、ヒルデとは仲良くしておいた方が後々に無難なのかもしれない。
「まあ、なんだ。ちなみに聞くんだけれど。きみはどう対処したわけ? 先達としてご鞭撻を承りたいしょぞん」
「うーん、そうねえ。まずは話せばいいんじゃない? とにかく、話してみることは大切よ? それも、からかわずに、ちゃんと話し合うの」
話し合う、ねえ。
でもこれまでだってヒルデとはくだらない世間話してた。
でもすぐ彼女は暴力に訴えてくるのだ。
それを返り討ちにしていたらそこで会話はいつも途切れちゃうのである。
あれ。
なんか僕の方には別に非がないような気がしてきたぞ。
なんて、責任逃れしてやれやれと首を横に振った。
「仕方ないなあ。こっちで善処してみるよ」
僕が言うのもなんであるが何様である。
照れているのかもしれないという自己分析をしてから続ける。
「まあ、彼女もお互いに背中を預けられるくらいの戦友にはなっておきたいと思ってることだろうし? 僕も連携がある程度取れるくらいにはお友達になっておきたいしね」
そう言うと、ユーリもどういうわけか溜息を大きく吐いてやれやれと首を横に振った。
「……うーん。イズィって誰かから好意を受けることが苦手っていうよりは、ただ単に鈍感なだけなんじゃない? 他人の好意にイズィフィルターがかけられているだけのような気がするわ」
いやいやいや。
なんだよその変な名前の濾過器。
っていうか言っておくけど、僕はわりとさとい方だぜ。
だって相手が次にどういう動きするのか常に先読みして先手をとってぶち殺してるんだもん。
まあ、僕が始動してから自分の考えを変えられるようなハンニバル将軍レベルになると少しばかり鈍くなるのは否めないけどさ。
そんな感じでぶつぶつ呟いていると、ユーリはお腹を抱えて笑ったのだった。
なぜ笑う。
むっとして首を傾げるばかりである。




