133話
「いやだって。きみがそうしたいって言うから」
「なっ!? わ、わわ、私はいつしたいなんて、い、言ってないぞっ!」
「そう?」
「そうだっ! このばかっ!」
「だったらいいや。結婚の話はなしで」
「え?」
なにその顔。
こっちのほうが疑問符浮かべる方だと思うんだけど。
「あ、いや……なんだ。お、お前は私と結婚したくは、ないのか?」
「べつに。っていうか、それ。なんか自信過剰っぽいっていうか」
「仕方ないわよ。ヒルデったらこの国がこうなる前は、たくさん来ていた求婚を片っ端から断っていたもの。ねえ?」
「う、うるさいっ! あ、じゃなくて。姫さまは黙っててくださいっ!」
「はーい」
ユーリの方へ向いていた眼光がこっちに戻ってきた。
っていうか、詰め寄られて胸ぐら掴まれる。
「痛いって」
「だまれっ! おいきさまっ! 私と結婚したくないのだったら、なぜ結婚しようだなんて言ったのだっ!」
「だってそういう風習なんだろう? そんなの形だけ結婚すればいい話だし。変なことできみの気分を削いじゃうとこの先の戦いに影響が出てくるだろ」
「形っ!? きさまは、い、いやだと言うのかっ?」
「なにが」
「私との結婚がだっ!」
「嫌じゃないけど」
「い、いい、はっ、はああっ? 何が嫌じゃないだっ! このばかっ!」
「かといって、したいというわけでもない」
「……く、きさま。私を馬鹿にしているのか?」
馬鹿にはしてない。
からかってるだけ。
そう話したらヒルデの目に殺意が芽生えているのを感じる。
首がだんだん絞められていった。
「そういうきみは、どうなのさ。僕となんて結婚して何か愉しいわけ?」
「そっ、それは」
途端に僕の首を絞めていた手の力が弱弱しくなる。
しばらくして、ヒルデは僕から離れると、下を向いてしゅんとした。
完全に教師に怒られる生徒状態だ。
やっと気づいたらしい。
自分がどういう馬鹿げた行いをしようとしていたことを。
「そんなに古い慣習に従うなんてそれこそ馬鹿のやることだぜ。わかったろ。そんなに結婚したいんだったら、この戦いが終わってから良い人見つければいいよ。きみを好いてる人間はたくさんいるみたいだしね」
ケイスリーさんみたいにね。
まあ、ケイスリーさんの想いは伝えてないけど。
それは彼も承知のことであると思う。
故人の想いほど重荷になることはない。
だからこそ、彼のことは一人の武人としての最期をヒルデに伝えるだけにしておいたのだった。
そんな僕のガラじゃない気遣いに気づいてないヒルデは上目でこっちを睨むと、小さな声で呟く。
「私の気持ちは、どうでもいいのか?」
気持ちって言われても困る。
だって所詮は可視化できないし、それに誰かをぶち殺すためにはそんなもの。
邪魔にしかならないしね。
「だからどうでもいいよ。他人の気持ちなんて糞の足しにもならない」
僕が正直にそう答えると、ヒルデは踵を返してどこかへ走って行った。
見間違いかもしれないけど、彼女は泣いていたような気がする。
ぼうっとしてると脇から伸びてきた誰かさんの冷たい手に頬をつねられる。
見ると、ユーリが珍しく怒った表情をして頬を膨らませていた。
†。oO(『しくしく……もうお嫁にいけない……ぉぇ』)




