132話
「相当、おかんむりねえ。イズィいったい何をしたの?」
「まあ、かくかくしかじかで」
「あらあら。それは仕方ないわねえ。ヒルデが怒るのも当然よ? だって女の子の唇はそう安くはないんだから、ねえ?」
「え? そっち? いやだって、あんまりヒルデが起きてくれないから、つい」
城門が閉じるまで睡魔を耐えていたんだけど、それも限界になってぶっ倒れる間際のこと。
未だうたた寝するヒルデが目の前に横になってるじゃん?
そこに吸い付きの良さそうな薄い唇があるじゃん?
普通キスするじゃん?
いやいや。
冗談はやめて実際、指を折ったら戦いに支障が出ると思ってそっちは止めてあげたのだ。
だから僕は自分の口に水を含んで彼女に口移しで飲ませてゲホゲホさせて無理やり覚醒させたのだった。
剣も盾も同時に眠るわけにはいかない。
けれども僕はへべれけ寸前。
切羽が詰まってたんだからしかたないね。
そしたらヒルデが地団太を踏んで怒りはじめた。
「ついッ!? きさまはつい私の、わ、私のはじめてを奪ったというのかっ!」
「ああ。その点については悪いと思ってるよ。まあ、僕も初めてだしおあいこってことで」
「ところがどっこい。実は、そうでもないのよねえ」
「はあ? 言っとくけど、小さいころに家族としたチューはノーカンだから。ユーリもそれくらいしたことあるだろ?」
「そうね。ううん、なんでもない」
首を傾げたら、ユーリは意地悪く笑うだけだった。
それを見ていたヒルデが何やら微妙な顔で一度口を結ぶと、こっちをビシッと指摘してくる。
「とにかく、お、お前には責任を取ってもらう」
「責任って。なにさ。腹でも切ればいいわけ?」
「ば、ばかっ! 責任といえば、責任だろうっ!」
真っ赤になるヒルデの言語はまったく破たんしている。
口を曲げていると、僕の腕にくっついたままユーリがお腹を抱えて笑い始めたのである。
「あははっ、イズィに教えてあげる。この国の騎士の古い習わしでね。初めて唇を奪われた者は、その相手と婚儀をあげなければならないっていうのがあるの。ほら、騎士であるものいつなんどきも油断せずに、っていう訓練なわけだけど。まあ、モノがモノだし、ずいぶん昔に廃れちゃったわ。でもヒルデはたぶん、それを言ってるのよ。ねえ?」
「別に私はそういうことを言っているのではっ!」
「あら? 違うの?」
「ち、違うと言われれば、果たして、その、まったく、そ、そそ、そうではないとも言い切れませんが、そうでもないという、ことでもあり、き、騎士として先人の決めたことには従うという、ことの意味でも、私が油断していたわけで、習わしに従うのは騎士としてそうでもありたいと……」
ぶつぶつと呟くヒルデの声が消えていく。
「だ、そうよ?」
何がダッソウなのかはわからない。
しかしながら、言いたいことは理解した。
つまり、美少女戦士ヒルデシアちゃんは騎士として昔の風習に従わなければならないと考えているわけだ。
「なんだ。なら僕とヒルデが結婚すればいいだけの話じゃないか。いいよヒルデ。結婚しよう」
隣でユーリが爆笑するとともに、ヒルデはブフーと唾をまき散らしてむせる。
激しく咳き込んでいたヒルデは、夜の闇でもわかるくらい頭に血を逆流させていた。
「な、なななななっ、おまっ、きさまっ、何だその軽さはっ!」
わなわなと震える指でヒルデに突き差される。
やばいな。
すごく怒っているということがわかる。
こうなってくると面倒くさい。
何か体の良い言い訳をしないと時間かかるぞ?
†。oO(『え? ちょっ、まっ、まってまってまってぇ~! そこで出すもの出して動いたら私にぎゃーっ!』)




