123話 魔剣の目指す被虐主義者の覇道は遠い
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それはゾウではなく、どちらかというとサイのような怪物。
端的にビジュアルを表すなら大きな角が二本前面に迫り出したトリケラトプス。
とりあえず、突破力があることだけは確かだ。
あんなものに突き飛ばされたらぺしゃんこになること必至だ。
『ふあぁあ、よく寝た……って、ぎゃ~っ! なんでこんなとこにベヒモスがいるんですかぁ~っ! この世界の南端くらいにしか生息してないはずなのにぃ~っ! ちょっとマスター早く逃げてくださいよぉ~っ! あれは一度走り出したら死ぬまで止まらないんですぅ~っ! ひええぇえ~』
情けない声を上げる剣。
ベヒモスと呼ばれたそれらは馬の三倍くらいはある巨体を激しく揺らし、短くて太い四本の脚で地鳴りを響かせ、巨砲の砲声のような吼え声を何回も発しながら、こちらへ一直線に猪突してくる。
なるほどね。
僕が気配を察知できなかったのは魔族じゃなかったからか。
よく調教されたペットは心を殺す。
僕の殺気に反応してくれないとその辺に転がってる石ころと同じだしね。
さすがは僕と同様のことをできる将軍だ。
弱点を的確に突いてくる。
やだなあ。
って、そんな呑気に考察している時間はなかった。
困った。
僕は自軍の気配を追った。
ここに来てようやく事の重大さに気づいた騎馬兵らは左右に散って密集状態を解除しようとしていた。
しかしそうはさせまいと、デコイの魔族が息を吹き返したかのように奮起する。
足が潰れているのに馬にしがみついてまで止めようとする者までいた。
騎馬の機動力が確実に削がれている。
もっと悲惨なのは堤防造ってる重装歩兵たちだ。
彼らの機動力は分厚い鎧によって皆無。
また鎧を脱いで逃げようにも逃げられない。
戦列を維持できなくなると、今度は“囮”である魔族たちが砦の開いた城門に殺到してしまう。
そのための二万という数字か。
僕はアルデバランが着こんでいた馬鎧の留め金を外した。
鈍い音をたててそれが地面に落ちる。
それとともにアルデバランの腹を蹴った。
「おいっ!」
「とりあえず数を減らす」
ヒルデの問いにそう返事して、進路を魔族の母集団の方へ。
ちょうどその時、そこから次々とベヒモスたちが射出されていった。
「おいおいおいおいおいおい。まじですか」
次の瞬間にはベヒモスたちの取った行動に僕は感嘆していた。
彼らは速度を緩めることなく互いの距離を互いにぶつかり合うほど切り詰めて、隙間のない完全なVの字を形成したのだ。
ハンニバル将軍がかつて苦敗した戦術は見事に改善されている。
あれじゃあ、蟻んこ一匹だってミンチにできそう。
僕はクレイモアを剣の鞘にしまい、代わりに弓矢を取り出して馬上で構える。
『だからマスターぁ無茶ですってぇ~っ! 今からでも遅くはありませんから逃げぇ~ひゃぁ~』
射程に入った瞬間に矢を解き放つ。
†。oO(『ひ、ひえぇ~……あっ、でもこの恐怖感。ちょっといいかもですねぇ~』)




