122話 ここにフラグをたてておいた、あとは……わかるね?
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「やあ、久しぶり」
左翼の先頭だったヒルデと合流する。
手を振った僕を無視してヒルデは馬を止め、魔族の母集団の方を睨んでいた。
僕もアルデバランに停止の合図を送る。
「ではまたあとでっ!」
馬を止めた僕とヒルデに声をかけて、ケイスリーさんは合流した右翼左翼の馬のいななきを引き連れて進路を自軍の重装歩兵が堤防してる方向へと駆けてった。
これで魔族の第一群を縦半分できる。
ここまでは全てこちらの思惑通りに事が進んでいた。
けれども上手くいきすぎて妙な違和感を覚える。
「おかしいとは思わないか」
彼女の呟きは戦場の喧騒に紛れて頼りなく消えていく。
しかし、彼女の言うことは最もであることに疑いはなかった。
動きがなさすぎるのだ。
こんなに目の前で第一群が蹂躙されているというのに、魔族の母集団十八万の軍勢は静かすぎる。
それが愚将率いる烏合の衆ならば納得はできる。
けれども相手はあのハンニバル将軍なのだ。
「……そういえば――」
そういえば、思い出した、
こういう包囲殲滅の戦術の原型って、彼が考えたんじゃなかったっけ。
確か師匠に兵法を習った時にそう聞いたような。
口元に手を当てる。
あれ。
なんか嫌な予感がしてきたぞ?
そんな僕の第六感を裏付けるように、魔族の母集団の内から突然銅鑼の叩かれる音が聴こえた。
どん、どん、どどん。
何かの合図であるかのようなその音を起原として、魔族の母集団の気配が瞬間的にざわめく。
突撃の合図だろうか。
いや、違う。
それは前後ではなく、左右の動き。
ただ乱れた戦列を作っていた魔族たちは一斉にそれぞれが右か左へと走り出す。
その一糸乱れない様は、予め決められていたとしても一朝一夕でできるものではない。
個々が自らの動きの全てを把握し、何度も訓練した上でようやく登り詰めることのできる洗練された軍集団行動だ。
平原を真っ黒に埋め尽くしていた魔族たちの軍勢。
それはたちまちトランスフォームして、縦に何本もの空白地帯の筋が通る陣形へと変わる。
気配を読んで俯瞰すると地上にはナスカの如く綺麗な幾何学的縞模様ができていた。
まるで何かが通るための道を造り出した、そんな感じ。
っていうか、まずい。
ヒルデと僕は同時に叫んでいた。
「「散れぇーッ!」」
しかしその命令の意図がわからなかったのか、それとも聴こえていないのか。
マルクトの騎馬兵たちは僕らの命令に対して頭上に疑問符を浮かべながら“囮”であった魔族たちを屠り続ける。
そうだ。
そうだった。
密集した敵を殲滅するには、こちらも密集しなければならない。
今がまさにそうだ。
良い感じに僕たちは固まっている。
そして相手はあのハンニバル将軍だ。
まさか、自分が元いた世界で手痛く負けたはずの浪漫戦術をぶち込んでくるなんて。
魔族の母集団にできた空白の道の向こうで。
無数の何かが雄叫びを上げた。




