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ある日、空から剣が降ってきた。  作者: まいなす
第一章 “白き山裾城”決戦
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119話 彼女をぶち殺すのは小指一本で事足りる



 その軍勢が一歩踏み鳴らせば大地が揺れた。

 その軍勢が一度声を上げれば大気が震えた。


 三つの太陽の朝日が地上を照らし始めた頃には、目前の平原は黒一色になっていた。


 魔族の軍勢の行進は、その最前列が、僕らが陣を敷いている場所から距離を置いたところで停止。

 すると一瞬にして、彼らの吼え声やら銅鑼の叩く音やら何やらが消えた。


 そして沈黙。

 からの沈黙。

 さらに沈黙。


 背後で誰かがごくりと唾を飲み込む音さえ聴こえたその時だ。


 オオオオオオオオオォオォォォ――――――――。


 その鬨の声は、雷撃でないくせにびりびりと大気を激震させ続けた。

 この距離でさえ、鼓膜がキャパオーバーになって潰れそうだ。

 残響音がいつまでも脳髄に木霊して鳴り止まない。


 やだなあ。

 さすがはハンニバル将軍。

 士気の削ぎ方は十二分に心得ていた。


 おかげでこっちの兵士の何人がチビらずに済んだだろうか。


 横目で見ると、馬上のヒルデは呆けた顔で震えていた。 


 仕方がない。

 ガラじゃないんだけど、ヤる前からヤられてしまっていてはお先真っ暗である。

 僕は息を大きく吸い込む。


「思い出せッ! 我らが何のためにここにいるのかッ! ぶち殺されるためにではないッ! ぶち殺すためにであるッ! 我らは皿に乗った肉ではないッ! 否ッ、その肉を食らおうと舌鼓する人間であるッ! ならば見よ者どもよッ! 目の前に群がるは肉汁したたる美味そうな肉ぞッ! ならば据え膳、食ってやらねば男が廃るだろうがッ! 違うかッ!」


 返事がない。

 駄目か。


 そう思った時だ。


 オオオオオオオォォォォオォ―――――――――。


 此方からも鬨の声が上がる。

 数でははるかに劣っているはずである。

 しかし二十万の軍勢に負けず劣らず気合の入った言霊だ。


 一瞬ではあるが、前方の軍勢の最前列が一歩後ずさりしたのが見えた。


「言っておくが私は女だぞ」


 立ち直ったらしいヒルデがむすっとした顔で言う。


「え?」


 マジ顔で疑問符を浮かべたら、泣きそうな顔をされた。

 面白かったのでお腹を抱えて笑っていると、すぐさま眉間にしわを寄せて殴ってくる彼女の手を掴む。


「は、はなせばかっ……!」


「そういえばきみから預かってるクレイモアなんだけど」


「クライゼヴァーモゥルだっ!」


「そうそのクライなんちゃら。今、返しとこうか?」


「……まだいい。もうしばらく貸してやる」


「そう? でも、あんまりあとであとでって言ってるといい加減、僕がもらっちゃうかもよ。なんせ僕の剣は役立たずのカスだしね」


『カスっ!? せめて私にあだ名つけるならカズとか濁点つけてあだ名らしくしてくださいよぉ~っ! カスだなんてやだなぁ~! それじゃあまるでマスターが私を貶してるみたいじゃないですかぁ~!』


 他人の話を都合の良いように解釈してる剣を無視していると、ヒルデが目を伏せていることに気づいた。


「どうしたわけ? 元気ないなあ」


「…………なと言ってるんだ」


「はあ?」


「死ぬなと言ってるんだ私はっ! 剣を返しに私の所へ戻ってこいっていうのはなあっ! 生きて私のところに帰ってこいって暗に言ってるんだっ! 察しろばかっ!」


「……いや? そんなことは気づいてますけど?」


「は、はああああああああああああっ!?」


 いやいやいや。

 そんなわかりきってることを今さら。

 ヒルデが一生懸命に僕の生存フラグを建設してくれていることは誰が見ても明らかだ。


「ヒルデはわかりやすいからね。だから別に暗喩を解説してくれなくても良かったのに。自分で自分の思わせぶりな台詞の真意を言うのって、恥ずかしくないわけ? ヒルデは勇者だなぁ」


「…………く、ころせっ!」


「そうだよ。きみを殺すのは僕だ。ちゃんと、わかってる?」


 羞恥で顔を赤らめた彼女の手を離しながら僕は言った。

 その真意に気づいた彼女は顔をぷいとそむける。


「ちなみに、僕もきみに死ぬなって暗に言ってる」


「ば、ばかっ! そんなことわかってるわっ!」


「借りたものを返す人間がいなくなるのは寝覚めが悪いからね。それにユーリを守ってもらわないといけないし。まだまだ使い道は多いよ」


 僕の続けた言葉にヒルデは何やら肩を落として落ち込んでいる。


 首を傾げていると、魔族の軍勢がゆっくりと動き出す気配がした。

 銅鑼の音に合わせて、二十万の軍勢から小集団が切り離される。


 おそらくは様子見だ。

 こちらの威力偵察でもするのだろう。

 けれども母体から切り離されて前に出てきたのは小集団と言っても、ひいふうみい。

 ざっと気配を数えて二万はいる。


 総兵力の十分の一を第一陣とするか。

 豪気だなあ。


 最奥の敵陣地、目ではもはや見えない距離にあるそこで、彼の将軍の高笑いする声が聴こえた気がする。


「じゃあ、ヒルデ。左翼は任せたよ」


「……ヒルデと呼ぶな」


 彼女は小さくそう呟いて馬の腹を蹴ったので僕もアルデバランに進めの合図を出した。


†。oO(『マスターが抜いたら疲れちゃうから今のうちに寝ておきましょうかねすやぁ』)

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