11話 うるさい剣だ
*
『たーすーけーてぇ! へるぷみぃ~! まじごしょーですからぁ~! 誰かぁ~、私は鬼畜マスターからいじめられて困ってますぅ~っ! だからたすけ、うわ~、ぎゃー、おっさんの死体が私を見つめてくるぅ! あと水がぁ! うわーんっ、さーびーちゃーうぅぅっ! いやまじでっ!』
三つくらいある太陽のうちの一つが真上にくる頃には、そんな愉快な叫び声が聴こえてくる井戸の近くまで僕は戻ってきていた。
ちなみにさきほど出会った女の子は、死人のようにフラフラと僕の後ろを付いてきている。
その瞳は、女の人の死骸を目にした瞬間、恨みとか憎しみとか悲しみとかそういうものは消え去り、代わりに死んだ魚みたいな濁った瞳になっていた。
仕方ないね。
女の人の死体を見た瞬間、女の子の口から『おかあさん』という呟きがぽつりと聞こえたし。
たぶん、女の子の胎内で、何か、とても、とてつもなく大事なものが壊れたのだ。
でも、そういうことの事後処理は自分で何とかしなきゃいけない。
経験上、僕はそう思う。
とりあえず、数日間か何も飲まず食わずな感じの女の子にお水でもと思ってここまで来たのであるが、井戸水は死体が沈んでるそうなんでよしたほうが無難だろう。
井戸の脇に置いていたマイエコバック(こっちの世界に来てから獣皮でつくった)から、雨水を煮沸ろ過して溜めていた水の入ってるヒョウタン(森の中の、動く巨木の股にあたる部分から生えてたのをこっそり拝借)を取り出す。
『あっ、その足音さてはマスターですねぇ~っ? おっそーいっ! 早く釣り上げてくださいよぅ~っ! ……ってあれ? 無視っ!? 無視ですかぁ~! おーいっ!』
「はいこれ。水ですよ水」
ぼうっと視線の定まってない目で僕を見ていた女の子は、ぴくりともしない。
もしかして毒でも入ってるとでも思ってる?
いや、ないだけか。
生きる、気力が。
でも困ったな。
目の前で死なれるのもあれだし、今は一つでも墓穴は減らしたい。
掘る手間がなくなるし。
というわけで、僕はヒョウタンの中の水を口に含むと、女の子へキスをした。
しばらく女の子ののどが微かに動いたのを確認して彼女の唇を解放する。
げほげほ。
気道にちょっと入っちゃったのか女の子は少し咳き込む。
それが収まるのを見計らって、もう一回、そしてもう一回。
何度も口移しで水を飲んでもらう。
とりあえず、このくらいでいいか。
女の子は少しだけ生気を取り戻していた。
水ってやっぱり命のもとだもの。
けれども、彼女の瞳は死んだままである。
まあ、キスして目覚めさせられるのは王子様だけだからねえ。
僕があとできることと言えば、スープか何か軽いものを作ってあげることくらいである。
っと、その前に。
いい加減、ドラゴンのことが気がかりだったので、救急箱担いで彼、あるいは彼女のもとへはせ参じることにする。
わりと時間をくっちゃったなあ。
死んでないといいんだけれど。
『あのぅ~、マースーターっ! ……マスター? しくしくしく』
そんな愉快な泣き声が細々と聞こえ始める井戸をあとにした。




