116話 それが長い別れになるとは思いもしなかった
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夜明け前。
“白き山裾城”最上層の城の中。
戦わない人間、すなわち女と小さい子供達がぞろぞろとドワーフの坑道へと続く黒い扉の向こうへ消えていく。
それを見送るのは戦う人間たち。
その中にはぶかぶかの鎧を着こんだ男の子もいて、彼らは彼らの母親と抱擁を交わして別れを告げている。
そんな光景を唇を結んで眺めていたユーリは、小さく咽喉を鳴らした。
「ありゃ」
腕を組んで壁にもたれかかっていた僕の目の前に、いつの間にかアンミが立っている。
彼女は戦わない人間サイドなので早くあっちへ行かないといけないのにどうしたんだ。
「っていうか、きみ。僕に気づかないように近づくなんて、“そういう”素質あるよ」
まあ、願わくは使ってほしくはないけどね。
アンミの頭を撫でようとした僕の手を、彼女はさっと避ける。
そして踵を返すとどこかへ駆けてったのだった。
何をしに来たんだろうか。
「おい。そろそろ時間だ。我らも行くぞ」
隣で背を向けて仁王立ちしていたヒルデが振り返らずに言った。
「おーけー」
ゆっくり頷いて伸びをする。
すでに夜明け前の澄んだ空気が城の中に流れ込んできている。
ヒルデの後ろに付いて歩き出す。
そして城から外に出る扉の前に差し掛かったところで、背後から腰のあたりに衝撃が走った。
「……いやほんとその隠密。たぶん才能だよなあ」
首を回して確かめると、アンミが僕の腰に抱き着いていた。
彼女は背中から手をまわして僕をがっちりホールドしている。
ドワーフの坑道への黒い扉の方を見やると、ユーリがそこを閉じるのに少しだけ待つように兵士に指示していた。
「きみが行くのはあっちだよ。ほら、扉を閉めるのを待ってくれてる。だから、離してくれる?」
首を振るアンミである。
自己主張が乏しくて考えてることがあまりわからなかった彼女が初めて明確に意思を示してくれた気がする。
「いやいや。僕もきみが暗い穴みたいなところに恐怖を抱くのは知ってるけどさ。坑道は結構、明るいし。それに他の人もいるから案外、大丈夫だよ」
「……このばか。そういうことではないだろう」
背後からヒルデに小突かれた。
「何だよヒルデ。他に何かある?」
「ある。教えてやらんがな。あと、ヒルデと呼ぶな」
なにその思わせぶりな台詞。
僕は美少女戦士ヒルデシアちゃんに肩をすくめてみせる。
それから腰をロックしていたアンミの腕を引きはがし、しゃがんで彼女と目線を合わせる。




