113話 SEYANA
*
「ま、そうくるわな」
消し炭となってしまった備蓄庫を前にして僕は深く頷く。
真夜中でもわかるくらい、石造りの建物は真っ黒焦げになっていた。
背後ではヒルデが力なく肩を落とし、その後ろでは取り囲むようにして消化に尽力していた多数の兵士たちが今にも崩れそうだ。
無理もない。
武器はまだいい。
けれども食料の喪失は堪えるだろう。
これから彼らは一週間、何も食わずに敵の攻撃を凌がなければならない。
いや、彼らの胸を引き裂いているのはそういうことではないのかもしれない。
火のないところに煙がたたないように。
誰かが着火メンにならなければ、備蓄庫が燃えたりはしないはずだ。
そしておそらく、備蓄庫をボッしたその着火メンは敵に内通している。
これは十中八九、ハンニバル将軍の仕掛けた前哨戦。
いうなれば本番を行う前の前戯である。
愉しい愉しい心理戦だ。
気配を探った感じだと、砦の中には人間しかいない。
ということは、人間の内通者がいるということか。
兵士の中にまぎれていたのか。
それとも逃げてきた一般人に混ざっていたのか。
どちらにせよ。
おそらく報酬は自らの延命、だろうなあ。
「くそっ。見張りを増やしておくべきだった」
ヒルデが歯を噛みしめていた。
酔いは完全に覚めたようだ。
「そう言うなよ。そこにいる見張りくんに失礼だろ。彼は自分の仕事を全うしたんだから。まあ、残念なことに、備蓄庫と運命を共にしちゃったみたいだけどね」
黒こげになってチンしていた人間の死体に合掌する。
見聞してみるに、背後から心臓を一撃。
声を上げる暇もなかっただろう。
内通者はわりと手練れだなあ。
「……まあ、爪が甘いけどね。どうやら相手は相当焦っていたみたいだ。火を着ける時に中を確認しなかったらしい」
「どういうことだ」
ヒルデに指でこっち来いのジェスチャー。
そうして隣にきた彼女の耳元でごにょごにょする。
「……って、はあああああああああああああああああああッ!? 姫さまに頼まれて備蓄は誰にも気づかれずにこっそり別の場所に移しておいただと、ッひゃああぁっ!?」
ヒルデうるさい。
僕が耳元で伝えた意味がなくなるじゃないか。
そんなわけで行き掛けの駄賃で彼女の耳に息を吹きかけた。
そしたらヒルデは可愛い声を上げてへなへなと腰を抜かしてその場に座り込むのだった。
「さて、と」
耳を押さえてうずくまるヒルデを無視して、野次馬の如く集まっていた兵士たちに目を向ける。
その中にいる、彼女の叫び声に他とは違う反応した人間――すなわち内通者さんに焦点を合わせた。
戦果の確認でもしにきたんかな。
まあ、犯人は現場に戻ると言うしね。
内通者さんも僕の方を見ていたらしく、目がぴたりと合う。
僕は手を軽く振ってあいさつ。
はろー、元気?
すると内通者さんはすぐさま踵を返して逃げ始めるではないか。
やだなあ。
会釈ぐらいは返してくれてもいいのに。
感じ悪いなあ。
僕は地面を蹴って野次馬衆の上を飛び越え、内通者さんを追い始めた。




