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ある日、空から剣が降ってきた。  作者: まいなす
第一章 “白き山裾城”決戦
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109話 チクチクすると無性に指を刺したくなるので苦手


 ふと目の前に誰かの立つ気配がした。

 目を開ける。


 するとそこにいたのは、アンミだった。

 彼女はじっと僕の顔を見上げている。


「……おや、ひさしぶり」


 もう長い間、その可愛らしい顔を見てない気がした。

 彼女の頭を撫でようとすると、ひょいと身体を動かされて避けられる。

 行き場を失った手をぶらぶらさせていると、しばらくしてアンミの方から頭を納めてくれた。


「そういえば、きみの名前をまだ聞いてなかったっけ」


 表情の消えた顔でアンミは首を少しだけ傾げた。

 そしてゆっくり手をあげて僕を指さす。


 それから自分を指さして、なんとアンミは僕の腹に頭突きしてきたのだった。


 うぐ。


 地味に痛い。

 もう少しで金的になってしまうという恐怖感もある。

 それに何を伝えたいのかさっぱりである。


 もしかして、他人に名を聞くなら自分から名乗れと言っているのかもしれない。


「えっと。僕はイズレール」


 再び頭突きされる。

 頬をかいていると、アンミは間髪入れずにもう一度頭突き。

 あれ?

 何やらヒットする場所がだんだん下がってきてるような気がするぞ。

 このままでは何がとは言わないけど本当に危うい。


「わかった。わかったって。ちょっとお耳を拝借」


 アンミの耳元で、ぼそぼそぼそ。

 僕の本当の名を呟いた。


「さて、次はきみの番だよ」


 すると彼女は何も言わずに踵を返して駆けて行った。

 そして、むこうの柱の影に隠れてこっちをじっと眺めるだけである。

 

 聞き逃げされた僕は苦笑いするしかない。

 いやまあ、僕の名前なんてなんの面白みもないし。

 聞き逃げされたくらいでノープロブレムなんだけどさ。


 ん?

 ちょっと待て?

 あ、あああああああああああああっ!


 かくして、僕はとうとう思いついた。

 何がって、敵の軍勢二十万を無傷で抜ける方法を思いついたのだ。

 自分の本名をヒントにして。


 その方法はある意味で無謀ともいえる。

 いや、しかし……愉しそうなのは確かだ。


 そうと決まれば色々と準備するものがある。

 あとちょっとした物理の計算もしなきゃいけない。


 向こうの柱の影でこっちを見ていたアンミにおいでおいでした。

 彼女は半眼で僕の目の前までやってくる。


「紙とペンってあるかな」


 アンミは走り去る。

 しばらくして戻ってきた時には、彼女の手には羊皮紙と羽ペンみたいなものがおさまっていた。


「ありがとう」


 どこから持ってきたのか知らないけど、ありがたい。

 僕はアンミから羊皮紙と羽ペンを受け取ると、手早く必要なブツの図面を仕上げる。

 こんな時に師匠の“遊び”に付き合ってたことが役に立つなんて思ってもみなかった。


 できた。


 僕の書いた図面を覗き込んでいたアンミは首を傾げた。

 当たり前だ。

 これはこっちの世界には恐らく存在しないものであるからだ。


 存在しないものであるが、十分に作ることは可能だ。

 問題はこれを作ってくれる人間だけど。


 ユーリの方を見ると、話はすでに終わっていた。

 案の定、ここには徴用できるような人間はいなかったらしい。


 しかしながら、元気の良いオバちゃんたち(お姉さんもいた)がユーリの周りで私らにも戦わせろなんて格好良いことを言っていた。


 彼女らに押されて困り顔のユーリの隣まで歩いていく。

 どうして女は徴用しないのか。

 それは敵に拿捕されたときに、有効活用されて敵の数が増えることを防ぐためだ。

 だから、ヒルデくらいの強さではないと兵には極力したくはない。

 そして、ユーリに詰め寄っているオバちゃんたちは皆、強いとは言えない。


 さっきまでの僕なら邪魔だからすっこんでなさいと諭していたところであるが、今は違う。


「ユーリ、彼女らは後方部隊にまわそう。そこで兵のご飯をつくってもらえばいい。料理を作るのに戦える兵を割いてる余裕なんてないからね。ちょうどいい」


「……でも、……いえ、そうね」


「あ、でも。もし敵に捕まりそうになったら自害してください。捕まると面倒なことになるので」


 軽く言った僕の台詞に、彼女たちは当たり前だと頷いた。

 なんというか、覚悟ができてんなあ。

 そこら辺の兵士よりも心強い気さえする。


 ユーリも一瞬だけ悲しそうな表情を見せたが、笑った。


「わかったわ。でも徴用されてない子供がいる者はだめよ」


 その問いに、オバちゃんたちは屈託なく笑う。

 夫も子供もすでに王都防衛戦で戦死していたそうな。

 それで退屈していたらしい。


 無言で頭を下げたユーリ。

 彼女は、しばらく顔を上げなかった。

 表情は見えない。

 けれど、床にぽたぽた汗のようなものが落ちている。


 そんな彼女は脇に置いといて、僕は手を挙げてアピールした。

 オバちゃん志願兵たちの視線が集中する。


「すみません。この中に裁縫の得意な人っています? ちなみにこういう物を繕ってもらいたいんですけど」


 僕は彼女たちの前でバッと羊皮紙を広げたのだった。

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