105話 言葉が、足りないです
「それで? 続きがあるのでしょう?」
「え? あ、は、はいっ!」
全員の視線が集まると備蓄庫係は直立不動になって叫ぶ。
「つい先ほどっ、もう一度正確に把握しようと備蓄庫を確認してきた結果っ、どういうわけか食料、水、武器防具などが満載されておりましたっ! 食料や水は単純計算で二週間は賄える量ですっ! さらに武器についてですが矢は腐るほどありましたっ! 剣も、槍も腐るほどありましたっ!」
再び大いにざわつく軍議の席。
ヒルデは呆れたため息を吐く。
「なんだそれは……。化かされているのではないだろうな。それとも戦を前にして白昼夢でも見たか? もう一度確認してくるのだ」
「はっ、はいぃ。あ、で、でも。守衛の話では昨晩、何やら強面の男たちが備蓄庫へ出入りしているのをみた、と。あの、私も何がなんだか」
備蓄庫係の台詞を、ユーリは手を小さく上げて止めた。
「わかったわ。その話はここまでにして。いいかしら。それは他言無用よ。どういうわけか、一夜にして奇跡が起こった。皆もそういうことにしてちょうだい。そこの貴方、もう一度備蓄庫を確認するついでに、その守衛にもそう伝えてきてくれるかしら?」
「は、はいっ!」
敬礼して走って出ていく備蓄庫係である。
まあ、どこに目や耳があるかわからないからなあ。
ハンニバル将軍とはまた違った意味であの人は食えない将軍だ。
奇跡の真実を察した人間はこの軍議の場に何人いるだろうか。
ヒルデは咳払いして、次の議題に移る。
「では、護城装置【ウンディーネ】はどうなっている? 水位は、上がったか?」
おやおや。
僕の知らない単語が出てきたぞ。
けれどもそれは僕以外には周知の用で、軍議を囲む者は皆、期待と不安を入りみだしながら、守備隊工作班長――確か名前はトラウゴットさんに目を向ける。
トラウゴットさんは椅子から降りて立ち上がった。
すると長い口髭は机に隠れて見えなくなり、禿げあがったおでこが強調される。
彼の身長は僕の腰ぐらいまでしかなかった。
聞いた話だと彼の先祖はどの時点かでドワーフと交わっているらしかった。
トラウゴットさんは盛大な咳を一つしてしゃがれた声を叫ぶ。
「足りんわいッ!」
落胆する空気。
状況を把握できないので手を挙げる僕にヒルデは指をさす。
「トラウゴットさん。僕にとっては、あなたの言葉が足りないです。何が、どのくらい、足りないんですか?」
微かに見える細長い目が僕を捕えた。
「足りんわいッ! 水が足りんッ! ドワーフ坑道から流れてきおる水が例年よりもしばし少ないわいッ! じゃけん【ウンディーネ】を発動させるには最低でも明後日の日の出以降でないとむりッ! しかも虎の子の一発のみッ! 使いどころ考えるべしッ!」
自分の仕事は終わったというように、椅子に座っていびきをかき始めるトラウゴットさんである。
まあ、要点を押さえた簡潔な台詞だった。
つまり、明後日の朝までその【ウンディーネ】は使えない、というわけだ。
何なのか全然わからないけどさ。
†。oO(『てれれてっててぇ~んっ! 平べったくてまーるい石ころぉ~っ! カロゥンちゃんって目が悪いからばれなきゃどうってことありませんよぉ~っ! 私って策士ぃ~! よっしゃぁ~、これを川に投げて水切りしちゃいますよぉ~! 待っててくださいね私のカルビぃ~! あ、じゃ、そぉ~れっ!』)




