101話 それは当然の報いである
拳を振りぬいた状態で固まっていたヨナタンさんはハッとしたようにユーリを睨んだ。
「挑発をするのにも、限度がありまする。我が妻を侮辱することは許しませぬ」
「申し訳ありませんわ。しかし私の剣は限度という物を知らない世界からやって来たのです」
ヨナタンさんは、頭を再度下げたユーリから視線を僕の方へと移した。
「おい、君。無事ですかな。本気で殴ってしまった」
「いやいや。これであなたが奥さまラヴだということを証明させてもらったので御の字ですよ。実際のところ、もう少し対価を支払ってもよかったのですけどね」
「……食えぬ小僧だ」
僕が肩をすくめると、ヨナタンさんは嫌そうな顔をして元の椅子に戻る。
「それで? 私は妻のことを愛していまする。私は、妻と出会え、妻を妻としたことが、私の生涯で最も誇るべきことだと自負しておりまする。して、そのようなことにいったい何の関係があるのですかな」
そんな恥ずかしい台詞を真面目な顔で言えるなんて。
逆にこっちが恥ずかしくなってしまったので僕は両手で顔を覆った。
ユーリは小さく笑う。
「そうですね。あなたが奥方様を愛しているように、我々も誰かを愛している。そんな人間のお願いを、どうか再考してもらえませんか? 愛する者に害が及ぶ痛みを、愛する者がいるあなたは知っているはずではないですか? 女、子供、戦えぬ者だけでよいのです。どうか、一人でも多くのマルクトの子らを、救っていただきたい。だめですか?」
「だめですな。王の命はまだ有効でありまする」
「まだ、ということは、変わることもありうるということですか?」
ユーリの問いに答えたのは、ヨナタンさんの後ろにいたケテル兵士たちだった。
「早馬を幾度も帝都へとばし、王に直接謁見して何度も具申しておる最中ぞっ! ヨナタン殿は愚将などではないっ!」
「そうじゃそうじゃっ! そも本来の王命はマルクトの王都が落日した報告を受けた二週も前に、この橋を落とすことじゃった! それに背いて五日前までマルクトの民を通されておったのじゃ!」
「その責を我らのため、独断という形でたった一人で負って……我が将の奥方さまは両目を潰されてしもうたわ! 今度、拝命に背けばそのお命すら危ういというのに! これ以上、貴殿らは何をお望みか! 我らから何を奪いなさるか!」
「我が大将がここへ手勢を集結しておられるのは何も威嚇するためではござらんぞ! 王の命が変わり、貴殿らに加勢することを許されたときに、いち早く動けるように! 大将は我らを集めるときに、地に額をつけて懇願為された! 命を預けよと! 我らが集いしはヨナタン・リューティカイネンの器に魅かれてのことぞ!」
ケテルの兵士たちは口々に「我らの大将を愚弄することは許すまじ」といった雰囲気の言葉を出していた。
それを聞いていたユーリはゆっくりとため息を吐く。
ヨナタンさんも、同様にして大きく息を吐いた。
「やはり私だけで来るべきでしたな」
「ええ、そのようですね。そちら側の事情を、たくさん理解することができました」
ユーリは何とも言い難い、苦しそうな表情をしていた。
「しかし、それを理解したうえで、もう一度お願いいたします。どうか、せめて子供だけでも」
ヨナタンさんは首を振る。




