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第6話 嫌い

 結城にすれば、単に思ったことをそのまま口にしただけであったのだが、光永は自分が否定されたように感じた。

「なによそれ。そんなこと結城君に言われる筋合いなんてない」

「確かに俺には母さんも妹もいるけどさ、いたらいいってもんか?」

 そんなの失ってもいない人には分からない。

「それに光永には父さんが居るんだろ? 俺だって父さんは離婚して家を出て行ったし、酒癖悪くて褒められた人じゃなかったし、光永とそんなに変わんないと思うけど、自分が不幸だなんて思ってないけどなぁ」

「朝早く出て行って、夜遅く帰ってくる父親の顔なんて……もう忘れたわよ」


 結城が自分のことを不幸だと思わないのは、きっと寂しくないからだと彼女は考える。友達もたくさん居るし、優しい家族も居るのだ。

「だったら『たまには早く帰ってきて』って言えばいいじゃん」

「そんなに単純な話じゃない」

 思わず彼女はぷいと違う方を向いてしまう。一体この男はどこまでズカズカと繊細な領域に入り込んでくるのだろうか。

「単純な話だよ。もっとどうしようもないことが世の中にはもっとたくさんある。でも、光永はどうにでもできるはずなのに、怠けてるように見える」


 だから、友達ができないんじゃねーの?


 その一言に光永はカッと目の前が真っ赤に染まっていく。

 『光永さん』と、猫なで声を出して近づいてきた人々は、彼女に何らかの対価を求めていた。必要とされるのは嬉しい。けれど、必要とされなければ声をかけてもらうことは無く、ただ、ただ、便利なときにだけ利用される存在ではなかっただろうか。

 買い物袋を持った手が震えた。


「なによ、何も知らないくせに!」

 悔しくて目の前がジンと熱くなってぼやけ始める。泣くつもりなんてなかったのに、なぜだか止めどなく溢れ、いつしかポタリ、ポタリと落ちていく。苦しくて、痛くて……でも本当のことだから言い返せなかった。

 だから心の中で思いっきり叫ぶ。


 何でこんな奴に、何も知らない奴に言われなきゃいけないわけ? 

 周りにいっぱい人がいて、好かれてる奴に。家事も勉強もしなくても良くて、好きなバスケばっかりやってる奴に。

 ……こんな恵まれて、幸せそうな奴に。


 かすんだ先に見える結城君の顔はすごく不機嫌そうだった。不機嫌なのはこちらの方だと光永は言ってやりたかった。いきなりひどいことを言われたのだから。

「しらねーよ、光永のことなんて。俺だってつらいことぐらいいっぱいある。光永に負けないくらいある。でも、誰かと比べてましだとか不幸だとか言ってても仕方ないんだよ。不幸だったら同情してもらうのが当然? 自分は不幸だからこれ以上いじめないで欲しい? 甘えるなよ。抜け出せる不幸に浸りながら不満を言う奴に友達なんかできるもんか!」


 俺、そういう奴『嫌い』だ!!!


 その言葉が彼女の胸に深く突き刺さる。

「嫌い……」

 直に言われたのは初めてだった。両の手が買い物袋でふさがっているから、涙を拭うこともできず、唇をぎゅっと結んで嗚咽をこらえるしかなかった。


「あ、ここが家? 袋、置いとくから。じゃあな」


 涙で見えない。ここがどこかなんて分からない。

「ひどいよ……」

 何でそんなひどいことが言えるんだろう。少なくとも、これまで彼女の周りに人を傷つけるようなことを言う人はいなかった。

 嗚咽が漏れる。それでも外で大泣きするわけには行かなくて、ぼやける目を必死に凝らして鍵を探した。震える指先で鍵を差込み、ドアを開けるとひんやりとした玄関が薄暗く存在していた。


 誰もいない家。

 そんな中にいると彼女は時々ひどく不安になる。孤独でたまらなくなる。

 友達の作り方なんてわからない。嫌いだといわれても、どう直せばよいのかなんて分からない。そんなこと教えてくれる人はいなかった。それに、彼女も自分自身のことが嫌いだった。胸を締め付けるような痛みに、食材を放り出して泣いた。


「ああ……消えてしまいたい」

 こんな自分大嫌いだから。



◇◇◇



「泣かせちゃったの?」

 比留間がため息混じりにつぶやいた。急な話であるが、彼は4月から私立の高校へ転校することになっている。けれど、それで友情が終わるとは欠片も思っていない結城は、準備に忙しい友人のことを気遣いつつも、自分の相談に乗ってもらっていた。比留間としても、これまでどおり話してくれる結城には感謝しているのだが……どう答えてよいのか分からないこともある。正直、トドメの大嫌いだ発言まで聞くと言葉も出ない。


「スゲ~~~ぼろぼろ泣いてた」

 女子を泣かせるとは、人当たりの良い彼にしては珍しいことだ。比留間はヤレヤレと首を振ってから、筆記用具を取り出した。今は塾の休憩時間だ。後5分もすれば講師がやってくるだろう。

「俺だってそんなこと言うつもりはなくてさ、泣かせたかったわけじゃなくてさ、荷物だって持ってあげたかっただけでさ……なのに、何で俺ってこうも思ったことがすぐに出ちゃうんだろう」


 偉いと思ったのは本当なのだ。だからこそ、その後に光永が自分自身を否定し始めたのが気に食わなかったのかもしれない。素直に受け止めればいいのに、ちゃんと届かないもどかしさにイラついたのは事実だ。それは決して彼女の非ではない。

「反省すればいいじゃない?」

「ちょ! 英明、待って、そんな冷たい態度ひどい。その明晰な頭脳と腹黒な性格を生かして何か有効なアドバイスをくれよ」

 結城自身、どうしてこんなに焦っているのかわからないのだが、ただ、人を傷つけてそのままにしていられるほど平静で居られなかった。


「腹黒って……。まあ、とりあえず臆病な人のようだから、色々行き違いとか誤解があるんでしょ。それを解きたいなら、正面から真実を話すしかないんじゃない?」

 全く、俺だって人間苦手だってのになんで相談受けないといけないんだか……そう、呟きながらも親友に必要としてもらえる事実に、比留間は少し笑った。

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