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第5話 追いかけてこなくて結構です

「拾ってくれてありがとうございました。じゃあ」

 最後にみたらし団子でも購入しようと考えていた気持ちを振り捨てて、光永は空いているレジへと滑り込んだ。大急ぎで会計を済ませ、購入した商品を詰める。いつもは丁寧にバランスよく詰めるのに、今回に限って押し込むようになってしまったのは、苛立ちを隠せなかったからかもしれない。


 袋を持ち上げると、ずっしりとした重みが手にかかった。

「っ!」

 主な元凶は特売品のジャガイモと牛乳である。ジャガイモの馬鹿! なんてついつい八つ当たりをしてしまうけれど、とにかく今は違うものに当たらずにはいられなかったのである。



 気合を入れて自動ドアから飛び出した光永は、一気に脱力するような光景を見てしまった。白いスポーツシューズに濃い目のジーンズ、若草色のパーカー……そこには結城が立っている。手にはカレーのルー1箱のみ。レジで抜かされたのは明らかだ。

「重そうだなーと思って。途中まで持ってやるよ。以前日直すげー手伝ってもらったし」

「お断りします」

 指に食い込むレジ袋を持ち直すと彼女はきっぱりと言い放った。そうしてスタスタと歩き出す。心の中で何度『最悪』と愚痴ってしまったか分からない。


「遠慮するなよ。引きずってるじゃないかー」

「いらないいいっ! 構わないで」

 後ろからついてくる彼に「結城君は目立つから嫌だ。離れて欲しい」と素直に言えるような性格であれば良かったのにと彼女は涙ぐんだ。そう、結城はひどく目立つのだ。彼女が隠れるようにして買い物しているのもすべて台無しにしてしまうほどに。


 明るい茶色の髪、テレビに出てくるタレントのように整った顔立ち、くるくる変わる表情、思わず誰もが心を許してしまうような愛嬌、それに伴ってできたたくさんの友達。彼自身たくさんの知り合いや友達を作るのが好きなようで、部活のバスケを通して他校とも交流を持っている。

 大体、その彼と初めて話をしたのは、つい2~3ヶ月ほど前のことだ。そんな1回しか話したことない相手に荷物を押し付けられるわけない。それ以上に、そんな姿を見られたら何を言われるか分からない。


 しかし、逃げたいのに逃げられなかった。光永とてそれ程足が遅いわけでもないのだが、結城は悔しいことにスポーツ万能である。おまけに彼女は少なくとも数キロはある荷物(重り)を抱えているのに対し、彼はせいぜい二百グラム程度だ。勝てる要素が欠片も見当たらない。

 だから構うなと何度も口で追い返そうと試みたのだが、空気を読めないのか、あえて読まないのか彼は隣を飄々と歩いている。


「はあ……」

 もうここまできたら仕方がないのだろうか。ダサい格好も見慣れただろうしと彼女がため息をついた頃、結城が遠くの方を見やるようにして「行ったようだな」と呟いた。

「何が?」

「ん? 別に」

 結城の視線の先には、何故か光永の後ろをずっとついてきていた男が舌打ちをしながら離れていく姿がある。けれど彼はそのことについて彼女に告げるつもりはない。下手に話して怖がらせることもないだろう。

 そんな彼の気遣いに彼女は全く気づくことも無く『4月から結城君とは別のクラスになりますように』と心の中で念じていた。



 結局、大通りから外れたあたりで結城は荷物を持つことに成功する。成功というよりは、もうどうにでもなれとばかりに光永が渡したといった方が正しいが。

「なあ、光永の母ちゃん病気なのか?」

「違う。仕方ないからやってるだけ」

 彼女がそっけない答え方をしたにもかかわらず、彼は感心したように目を輝かせた。

「家事も勉強も両立させてんのか。すげーな」

「すごくなんかない」


 本当はやりたくなんかない。けれど、そんなわがままなんて通るはずもない。わざわざ父親と対立して嫌だと駄々をこねたところで、どうしようもないのだ。むしろ反抗することで事態は悪化する以外にないと彼女は見ている。それならば信用を得られるよう良い子を演じ、無用なトラブルを起こさず、文句も言われず、僅かな自由の中で息をしていた方が楽だ。

「楽しくないのか?」

「当たり前でしょ? 私だって勉強なんて放っておいて遊びに行きたいし、着飾りたい。でも、どうしようもないから我慢して、辛抱してる」


 むすっと唇を尖らせる光永に、結城は不思議そうに首をかしげた。

「そこまで我慢することかなぁ。そうやって、くすぶらせてるくらいなら吐き出しちゃえばいいのにな」

 そんなのんびりした彼の姿に、彼女は苛立ちを募らせる。何も事情を知らないくせに、いっぱしの顔をして助言するなんて失礼な奴だと。大体、先のことを考えればこれが最善なのだ。

 彼が彼女の踏み込まれたくない心の領域に土足で上がろうとしているような気がして、思わず声を荒げてしまう。


「家事だってお母さんが離婚して家を出て行っちゃったから! 仕方ないから! 妹だって生まれてすぐ死んじゃったから私しかいないんだもん。これで満足? 優越感に浸れる? 結城君は家に帰ったらあったかい家族と夕飯が待っているんでしょ? 帰ってよ。放っておいて。違う世界の人間なんだから……これ以上、私に構わないで。惨めな気持ちにさせないで」


 自分の声にはっとしたように光永は立ち止まり、うつむいた。結城の視線がこちらに突き刺さっているような気がして、さらにうつむく。これまで苦労して気づき上げてきたイメージが引きちぎられるような感覚。お嬢様のようなんて言われるけれど、実態は所帯じみてて、短気で、全く理想なんかとはかけ離れた違う人物だという事実。

 きっと呆れられたに違いないと思うと、彼女は荷物を放り出して逃げ出したくなった。


 そんな彼女の様子を見て結城は、なんて声をかければよいのか分からないといった風に頭の後ろに手をやる。どう考えても彼女の地雷を踏んだことだけは明らかだったから。

「あー、んー、あのな? 光永が頑張ってることは偉いと思うぞ。でも、ちょっと子供っぽくないか? 何でもかんでもわがままを言うことも確かに子供っぽい。けれど、何でもかんでも我慢すれば偉いってもんじゃないだろ? 自分の主張を感情的にならずに伝えるってことも重要だと思うんだよ」

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