表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

第3話 前向きの彼

 結城が光永と初めて話したのは、高校1年の、しかも1月に入ってからだった。社交的で明るい彼は、自然と誰とでもしゃべることができる。また、スポーツも得意で顔立ちも整っていることから女子から人気もあった。ところが、彼女だけ何故か話しかけにくい。

 結城の親友である比留間ひるま英明ひであき真野まの夕馬ゆうまには、「朝広に靡かない女子だっているさ」と面白がって笑われたものだが、別にちやほやされないから拗ねているわけではない、と頬を膨らませる。


 真野に言わせれば「お嬢様オーラっていうか、近寄るなってオーラが出てる気がする」とのこと。

 世間一般の基準からすれば、光永は可愛い部類に入ると思われる。一度も染めたことがないような黒いストレートの髪を背中へ流し、卵型の顔に綺麗に配置された黒目がちの瞳は庇護欲をそそるだろう。成績も常に上位だが、ガリ勉のようには見えないし、変に偉そうなところもない。

 だからか、何度かクラスの男子が女子を使って「勉強会しようぜ!」と誘っていた。まあ、「ごめんね、ちょっと忙しくて」と断られていたが。


「結城、お前は最終兵器だ! 光永さん誘って来い。イケメンのお前ならいける!」

 お前なら塾を休んででも勉強会に来てくれるかもしれないと、思いつめて結城のところに来た奴もいたが、彼にとっては勉強よりも女子よりも部活のほうが大事だった。

「やだ。俺バスケすんの。てかさ、勉強なら俺が教えてやるぜーい」

「お前じゃ成績下がっちまうよー」

 なんとなく邪魔をしてはいけないのではないかと、彼女の頑なな態度から感じていたからかもしれない。

「失礼なー」

 そう言って、笑って、ごまかして、煙に巻いていたのだ。



「お前、今日の日直光永さんとだぜ」

 だからだろうか、1月に入って日直が当たったと聞かされたときになんとなく「面倒だな」と結城が感じたのは。しかも間の悪いことに、彼は親友二人と帰る約束をしていた。比留間英明のほうが相談したいことがあると、いつに無く神妙な面持ちで言うから、なるべく話を聞いてあげたかったのだけれど。

 光永以外であれば、気づかなかった振りをして仕事を押し付けたまま帰ってしまうことも彼は考えたが、生真面目な彼女にそれをやってしまうと、何かもう、それで最低人間のレッテルを貼られてしまいそうな気がして撤回する。


「わお! 今日は理科室の片付けも当たってるじゃねーか。変わってやるよ、お話したかったんだろ?」

 選手交代とばかりに結城がクラスメイトの男子に笑顔で押し付けようとするが、間の悪いことにレギュラー争奪戦があると断られてしまった。遅れたら、比留間という名の美貌の魔獣が背中にブリザードを吹雪かせながらラリアットをかましてきそうな気がして、背筋が凍る。


 普段おっとりと動く光永の姿を思い浮かべ、こうなったら自分が超音速で頑張るしかないと、彼が腹を括って理科室に入った。しかし、その予測は大いに裏切られることになる。

「すげえ! 現実とイメージとのギャップが違うぞ」

 テキパキと積み上げられていく洗い物。びしっと整頓された棚。学級日誌は休み時間中に書き上げられていたし、引継ぎは万全である。結城も申し訳程度に黒板を消したが、あまりにも光永の手際が良かったので手放しで褒めた。約束の時間に間に合いそうだという嬉しさも手伝ったかもしれない。


「頭の回転が速いと、こういう手際も良いんだな。羨ましい!」

 ニコニコ笑ってみたけれど、彼女は「慣れているから」とそっけなく返答するだけで彼のほうを見ようともしない。彼にしてみれば、大人しいお嬢様のような……つまりは家事など全然せずにピアノでも弾いてそうな彼女が、これだけテキパキと動けることが意外だったので、率直に観想を言っただけだ。勿論、褒め言葉のつもりである。しかし、彼女が浮かべたのは皮肉めいた笑みで、どう考えても喜んでいる姿ではなかった。


 何か怒らせてしまったのだろうか?

 なにがかんに障ったのか分からないが、それ以来結城はなんとなく彼女に避けられるようになってしまった。


 そして、それっきり。


 それからお互い会話がほとんどないまま、1年生が終了した。

 彼の成績表はアヒルマーク(2)の羅列で、その整然と並ぶ姿を拝んだりしては、クラスメイトとはしゃいだ。悲しいかな5は体育だけ。けれど、彼にとって重要だったのはその数字ではなく、一緒にはしゃげる友人であり、打ち込んでいる部活であり、この生活そのものだった。だから、そこに居ながらにして会話のない彼女のことを忘れていたとしても、仕方がないだろう。


「母さん! 見事にアヒルマークの成績表だぜー」

 機嫌良く彼は、自宅のほうでは無く、彼の母親がやっている美容院の方へ飛び込んだ。これから春休みに入り、思う存分バスケができるという嬉しさもあいまっての所業だったのだが、客としてきていた近所のおばさんがその成績表を見て目を丸くし、真っ赤になった彼の母親から大目玉を食らうとは予想外だったに違いない。


「朝広ってば、もうちょっと落ち着かないのかしら。3歩歩けば忘れるような鳥頭に育てた覚えはないわよ?」

 近所のおばさんは笑いながら「男の子はそのくらいで良いじゃない。朝広君は愛嬌があるし、格好良いからね」と許してくれたが、ご近所さんに恥をかかせた罰として、彼はとある人にプレゼントするためのマニキュアと髪留めを買いに行かされることになった。


 ファンシーな雑貨が並ぶその店は、当然ながらどこを見回しても女の子で溢れている。たまに見かける男といえば彼女連れなので、結城はひどく居心地の悪さを感じながらマニキュアと髪留めを購入した。薄いラメが入ったサーモンピンクのマニキュアと髪留め。サーモンピンクは『あの子』が好きな色だ。

「ラッピングはどうなさいますか?」

「あー、お願いします」


 開けてしまえば同じだと思うが、女性は包装されたプレゼントが大好きらしい。というわけで包装紙とリボンをお願いすると、店員さんは心得たように包装グッズを取りに行った。その間、突っ立っているのも居心地悪い気がして、なんとなく端っこのほうへ寄ってしまう。


 そんなとき、ふと、彼は見慣れた制服を見つけた。

 ――光永だ。

 これほど面白くなさそうにファンシー雑貨を手に取る客が他にいただろうか。思わずその様子が可笑しくて、声をかけそびれたまま彼女の姿を目で追ってしまう。


 いくつかの商品を手に取っては戻し、最後に熊のぬいぐるみをさらりと撫でた光永は、カウンターの上に置かれたマニキュアと髪留めに気づき、そっと近づいてきた。値札が剥がされているのに気づいて首をかしげているから、「売約済みだよ」と声をかけようかと迷う。


 結城が1歩前に踏み出したときだった。

 ……ふわりと彼女が微笑んだのは。


 あれほどつまらなさそうな顔をしていた光永が見せた……一瞬だけの笑顔は、結城の心に何故か焼きついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ