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第1話 会いたくない人物

陽菜ひなー。宿題写させてよ。あんたしか頼れるのいないんだよね」

「本当すげーよな、光永みつながって」

「いやぁ、光永は教えがいがあるし、先生も鼻が高いよ」

「でもさー、ちょっと近寄りがたいんだよね」


 ――優等生を演じるのは……正直きつい。




 光永陽菜の手には1万円札が握られている。主要科目オール5をとった、いわば賞金だ。彼女は特にお金が欲しくてやったわけでもなければ、勉強が好きでやったわけでもなく、単にそれが自分の存在理由であり、務めを果たしたまでのことだと思っている。しかし、「ぬいぐるみが欲しくて頑張った私」というようなキャラを作っておかないと「可愛げがない」と言われるから、わざと作った笑顔で受け取ったのだ。


 現在、光永はそのお金で何を買おうか悩んでいる。

 普段滅多に足を踏み入れないような可愛い雑貨が立ち並ぶ店を見渡せば、カラフルなアロマキャンドルやハーブティー、バスソルト、可愛い便箋に、キラキラ光るペンダント等々女の子が好きそうなものがずらりと並んでいた。しかし、そのどれにも全く心が惹かれない。


「ふう」

 ついついため息がこぼれてしまう。

 おかしな話だ。常に自分は何かが欲しくて仕方がないような気がするのに、いざ、手に入る状態になってしまうと何も欲しくなくなるというのは。

 幸せなはずなのに、幸せだと感じることができない自分は惨めな人間なのだろうか。


 大きな熊のぬいぐるみをさらりと撫でて、今回はこれにしておこうかと光永が決めかけたとき、ふと、テーブルの端に置かれたものが目に入った。

(なんだろう?)

 値札のついていないマニキュアと髪留め。薄いラメが入ったサーモンピンクのそれらは、彼女が身に付けるには少々子供向けすぎるように思えたが、決して安っぽく見えるようなものでは無い。きっと小さな女の子が身につければ可愛らしいだろうと思われる。


 このとき光永は自分がひどく不思議な世界にいるような気がしていた。

 そこは切り取られた空間のようだった。

 マニキュアも髪留めも欲しいだなんて思っていなかったはずなのに、何故か急に以前からこれが欲しかったような気がする。

 ちょうど手元には1万円。値段はわからないけれど絶対に足りるだろうと考え、商品に手を伸ばそうとしたときだった。


「光永?」

 良く通る声がして彼女が振り向くと、少し驚いたような顔をした男の子が立っている。ふんわりと少し癖のある茶髪、パッチリした二重まぶた、平均より少し高い背の彼はクラスメイトの結城ゆうきだった。彼も学校の帰りなのか、制服のまま肩によれよれのバッグを掛けている。


 会いたくない人物に会ってしまったと、光永は思った。結城は学年の中でもかなり整った顔をしており、彼の親友2人と合わせて同級生のみならず、先輩後輩から絶大な人気を寄せられている。こんなところを目撃されたら、どう考えても愉快な結果にはなるまい。

「違います」

「えー? なんだよそれ」

「ただの通りすがりですから」


 あまり関わりあいになりたくない理由はもう一つある。

 結城はクラスのムードメーカー的な存在だ。明るくてスポーツが好きで、手先が器用で、工作と体育は得意だけど勉強は苦手。軽そうだけど、憎めないキャラ。それが光永の結城に対する認識だ。つまるところ、いつでも輪の中心にいて笑っている結城は、太陽のような存在であり、眩しいどころか照らして欲しくないところまで引きずり出すような図々しさがあった。

 どう思っているかと聞かれれば、「どちらかと言うと苦手な方だ」と答えるだろう。はっきりとした物言いが、まるでナイフのように思えて怖いと言えば、それは被害妄想だと笑われるかもしれないのだけれど。


 くるりと背を向けてその場から離れようとすると、リボンとラッピングペーパーを抱えた店員がにこやかに光永と結城の前にやってきた。

「すみませんねー。丁度ストライプの紙が切れていて、チェックのしかなかったものだったから。リボンは何色がよかったですかー?  ……って、ああ、彼女へのプレゼントですかね。貴女に直接聞いたほうがいいのかしら?」

「いえ、私は部外者ですから」

 この商品に値札がないのはプレゼント包装待ちだったからなのか。それなら結城も離れてなんかいないで商品の横に立っていればよいのに、などと彼女が半ば八つ当たりを心の中でしていると、嬉しそうな声が降ってくる。

「包装紙、光永が決めてよ」

 結局、光永は自分へのプレゼントではないのに、リボンを決める作業に付き合わされてしまったのだった。




「いやー、ちょっと照れ隠しでさ、思わずあんなこと言っちゃってごめん。ラッピング待ちのときもさー、一人でいるのすっげー恥ずかしいんだってば。さすがの俺でも! あの乙女ちっくなコーナーは反則だよな!」

 綺麗にラッピングされた包みを持ったまま、結城はせきを切ったように言い訳する。光永が選んだのは黄色いリボンで、それはそのまま彼のイメージカラーだった。

「別に」

 それにしても、店を出たのにどうして彼は自分についてくるのだろうかと、光永は首をかしげる。彼女へのプレゼントならば、気まずいのではないかと思うのだが。


 なるべくそっけない態度で彼女が急ぎ離れようとすると、結城は長い脚で距離を詰めてきた。

「あのな、これ彼女へとか、そーいうんじゃないからな!」

 少し慌てたように付け足すと、彼は鞄へと詰め込む。ぐしゃっと紙が折れるような音がしたので、きっと中で皺になっているに違いない。


「私には関係ないから。じゃあ」

 そっけない態度で片手を軽く振り、これ以上ついて来るなとほのめかせば、彼は彼女の背に向かって慌てたように付け加えた。

「あ、勿論俺が使うわけじゃないからな! 違うからな! 光永は余計なこといわね―と思うけど、しゃべんなよ!」



 舗装されたばかりのアスファルトからツンと石油のニオイが立ち上り、鼻をくすぐる。

 結城に背を向けて歩く彼女の口元には、少しだけ困ったような笑みが浮かんでいた。

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