8.エピローグ
8.エピローグ
「兄ちゃん、ブサイクだね…」
開口一番。
見事にコンプレックスを刺し貫く台詞を頂いてしまう。
「ありがとう、瑞恵。ボクもそう思うよ」
ボクは、少し熱くなって肌蹴ていた布団を引き寄せると、頭まで被る。
醜い顔など見せるのも悪いだろうという配慮だ。
「冗談だよー。いじけるな、ホラ」
部屋に入ってきた瑞恵は遠慮容赦なくボクの布団を剥ぐと、にっこりとした顔でボクを覗き込んでくる。
瑞恵は爽やかな淡い青のような制服のままだった。学校が終わって、帰って来たばかりなのかもしれない。
鞄は持っていないようだから、部屋に置いてきたのかな?
ぼうっとし続けていたので、妹がボクの部屋に入って初めて瑞恵の帰宅を知ったのだから、のん気なものだと思う。
「絆創膏や湿布で、痛々しいけど…兄ちゃんはカワイイよ」
つまり、殴られて顔が変わったくらいのほうが、カワイイと言うコトだろう。
悪気はない発言だけに傷つく言葉だとボクは思う。
「首の方は? 少しは、よくなった?」
「…うん。もう、平気だよ」
瑞恵はボクに近付くと、血の滲んでいる首の包帯を確かめてくる。
病院に行って縫ってもらえと瑞恵が騒いだけれど、残念ながらボクは病院がとことん嫌いだし、コトを大きくしたくなかったので二日ほど自己治癒に任せている。
腕力はないけど、傷が塞がる力くらいはあるようです、ボクの体は。
「ねぇ…」
よいしょっと、という掛け声と共にボクのベッドに斜めに腰掛けた瑞恵は、ボクに困った顔を見せていた。
広くもないベッドなので、二人は寄り添うような形になっている。
「…ん?」
尋ね返すボクの足を瑞恵は触ってくる。ベッドの上で胡坐をかいているので、手を置きやすかったのだろう。
「…いいのかな?」
なんとなく、瑞恵の言いたいコトは判る。
首から血を流して服を染めていた事情を話す必要もあったし、ボクの胸だけに収めておくには大事過ぎるから瑞恵にも物語を知っていて欲しかった。
だから、瑞恵にも物語の最後、エピローグである沼クンとの出来事は全て伝えてある。
「…なにが?」
判っていたけどボクは惚けてしまう。
「リオさんの物語だよ」
自分の物語を小説って呼ばれたくないっていう、ボクの意見は納得いただけたようで。瑞恵はちゃんと物語と言ってくれるようになっていた。
「警察とかに言わなくても、いいのかなって…」
躊躇いがちに、瑞恵は伺ってくる。
確かに、一人の少女の死が、自殺ではなく人の手によるものだと判明してしまった以上、瑞恵のように考えるのは当然だったかもしれない。
「別に…。もう終わった物語だもの。変に騒ぎ立てる必要もないんじゃないかなぁー」
無責任にはならない程度の気楽さを持って、ボクは瑞恵に答える。
「ボクは正義の味方でもなければ、真実を追究する探偵でもないもの…」
肩を竦めておどけてみせる。
力のない笑みの一つでも、自分の頬に刻まれることを期待しながら。
「見事に事件の真相を暴いていたと思うんだけどなぁー」
それは結局、結果論だとボクは思う。
ボクはそのままの現実を受け入れたくなくて、勝手に物語にして都合の言いように書き上げたかっただけ。
都合の悪いコトも目を瞑ろうとしてしまったし。
皆が納得する真実を見つけなきゃならない、探偵や警察なんかには決してなれはしないだろうと思う。
まぁ…。
結局、目を逸らさせてもらうことも、現実も改ざんすることも許されなかった体たらくを晒してしまったんだけどね。
「万事解決、で…いいの?」
少し怒ったような瑞恵の口調だった。
瑞恵にも若者らしい正義感というのがあるのだろう。
ボクには縁遠いものなので、理解しづらいんだけどさ。
「だって、沼クンって人…」
瑞恵が最後までいうことをボクは望まなかった。
言い澱む間に、のんびりと独り言としてボクは呟かせてもらう。
「状況的には、事故なんだと思うよ。結局は、ナイフ持っている相手と揉めちゃって、その拍子にってコトなんだからさ」
……正直、沼クンに殺意はあったと思う。
一時の感情だろうけど。
自分が思う相手に拒絶されるのは辛い事だし、沼クンの性格からすれば怒りすら覚える衝撃的なコトだったんじゃないかな。
大人なフリをして、理知的に見せていた表向きの仮面の下は、独占欲とかプライドの高い自分を持て余している子供だったもの。
ボクなんかに負けたと考えるには、ホント、自分のプライドが打ち砕かれた思いを抱いたに違いない。
半裸のリオを目の前にして、頭にも血が上っていた筈だ。
平静ではない状態で、自分が最も好きな相手にプライドを傷つけられ拒まれたら、沼クンじゃなくったって、カッとなって凶行に及んでしまいそうな気がする。
そんなことも、物語として眺められたから気付けたことであって、ボク自身にはなんでか程遠いような感情な、気がする。
恋愛には向いてないのかもしれないな、ボクって。
物語として思わなきゃ、人の色恋なんかに気付けないってのも、社会不適合者として充分な反省点だろう。
でも、今までの人生で、そんな華やいだ恋愛ごとの一つもないのだから、しょうがないコトのような気がしないでもない。ただの言い訳だけど、そうも思う。
「……」
それにしても、変な誤解をする人だよね、沼クンは…。
リオが、ボクなんかを選んでくれる訳ないのにね。リオにとっては、ボクは手間のかかる子供みたいなものじゃなかったんだろうか。
リオが親鳥としたら、ボクは巣の中で餌を待つ雛鳥といったところか。
いっぱい食べるから親鳥が困ってしまう、雛鳥になるだろうなと、ボクは詰まらない連想をしてしまう。
「もし、沼クンが…」
他愛ない連想を楽しみながら、ボクは言った。
「どうしても。リオに手を掛けてしまったことを悔いたいなら…整理する時間は必要だろうけど……自分から、動くと、思うんだ」
沼クンなら、どうするだろう?
エピローグを迎え、初めて沼クンはリオのために泣けたんだと思う。
そうして、やっとリオの死と、殺してしまったという現実を、実感を持って受け入れているのだろう。
リオの死を受け入れることは、その次の罪の意識を他人事でなく自分のものにするということだ。
辛い、ことなんだと思う。
ボクには物語として想像することしかできないけれど、人を殺してしまったことを自覚するというのは、酷く辛いことのように思える。
何より、沼クンは劣情の果てに、自分が大事に想っていた最愛ともいえる相手を殺めてしまったのだ。
その罪の意識も、後悔も酷く自分を傷つけるもののような気がする。
「……」
心配していない訳じゃない。
だけど、変な誤解もしているみたいだし、ボクなんかが動かないほうがいいのだろうと思うのも事実だった。
瑞恵に頼んで、ゼロ子さんにさりげなくフォローを頼んでみるかとも思ったが、余計なお世話になりそうだ。
ゼロ子さんは、自分勝手に喋りたいだけ喋る人だが、他人の機微に疎い人ではない。
……あれ?
沼クンとゼロ子さんの関係って、どうなるの?
二人は通学も一緒にしていたみたいだし、実は付き合っているんじゃないかと思っていたんだけど、沼クンはリオのことを愛していたと教えてくれた訳だし。
もしかして、ゼロ子さんの片想いとか、なのかなぁ…。
ううむ。
やっぱり、ボクは恋愛ごとには疎いのかもしれない。
今度、機会があったら二人の関係を聞いてみよう。
生きている以上ボクらの物語も夜も続くのだろうから。そんな楽しみがあってもいいとボクには思える。
「……何より、さ」
そぞろになった考えを切り替えるようにボクは言った。
そうして、ボクはまた足だけを布団に潜り直してみる。
胡坐をかいて座ってみたものの、横になって背を壁に預ける座り方のほうが楽だ。
ここ何日か、のんびりとベッドの上で過ごしていたので、気だるい。やることもなく暇だってのも手伝ってか、余計にダラダラとした感覚を味わっている。
「そんなのリオは望んじゃいないだろうから、ね」
リオは親鳥のようだと、誰かが言っていた。
たしかに、ね。
我が家に至っては激しく外れるような気もするけど。本当なら、親なんてものは子供の罪だって許しちゃうようなものらしい。
リオが生きていたとしても、わざわざ沼クンの罪を明るみにするコトも、糾弾するコトもしないだろう。
だから、余計に自分の納得したい物語にしようと足掻いてしまった沼クンと自分が、情けなくもある。
「ふー…ん」
瑞恵は判ったような解らないような顔をしていた。
考えてしまうコトは色々あるんだろうけど、それでもボクの意思は尊重してくれる妹なので変な心配はいらない。気楽な相手なのだ。
「でもさぁー」
「んー」
話が終わるかなと思っていたボクは、瑞恵に手を掴まれていた。
なんだか善くわからないけど、揉まれてしまっている。
…別に、ボクの手に肉球なんかないぞ?
「兄ちゃん、よくその沼クンが…そのリオさんの、アレに関わってるって判ったね」
言葉を言い繕ってくれる瑞恵の優しさを、ボクは感じている。
でも、そうだね。
表向きには自殺だけど、本当は他殺だったんだから、どう言っていいものかボクも悩むところだ。
「だって、おかしいじゃないか……」
感心したように褒めてくれたみたいだけど、
ボクの表情は苦い。
とても苦い表情になっている。
「沼クン、ヒント、出しすぎなんだよ」
それはつまり、ボクを凄く侮っていたという証明でしかなくて、ボク的に凹むのだ。
確かに、ボクは色恋沙汰には疎いし、ボンクラだし…凄く抜けているように沼クンが感じてくれていても、しょうがないことなんだけど。
「最後にリオと会ったのがボクだけだとか…言ってくるんだよ?
そんなの、どう考えたって、おかしいもん」
ボクはこうしてベッドいる時に訪れた沼クンの言葉を思い返していた。
「え? なにが、おかしいの?」
戸惑うような瑞恵にボクは口を尖らせて答える。
「リオと最後に会った時、ボクらは二人きりだった。あの夜に、沼クンがリオと会ってないことは、リオからも聞いている。
なのに、なんでリオとボクしか知らないコトを、沼クンは知っているのさ」
「…あっ」
「そうだよ。
沼クンはリオから、ボクらが会っていた時のことを聞いたってコトに他ならないじゃないか」
それにって言い方もおかしいけど、ボクはゼロ子さんに確認している。
リオのゲーム機にささっていたソフトは先月出たものだったし、沼クンは持っていたけど、リオの持っていないものの筈だった。
あの夜に、リオは沼クンに借りたいと言っていたソフトなんだと思う。
沼クンのゲームソフトがリオに渡っていることといい、沼クンがあの夜のコトを知っていることといい、確実に沼クンとリオが会っているとしか考えられない。
「だから、あたしへの指示もピンポイントで、沼田クンの過去を調べて欲しい…だったんだ」
瑞恵は納得とばかりに大きく頷く。
いや、別に…その。
もし違ったら違ったで、他の調べものを頼もうとしていたので、そこで感心されてもボクは困るよりない。
「え? で、でも…じゃあ、なんで、沼田君はわざわざ兄ちゃんに、リオさんの死が自殺じゃないんじゃないかって……」
瑞恵は思いついた疑問を口にしていた。
「…幾つか、理由は推測できるじゃない…」
まず大前提にしなきゃいけないのは、沼クンも人の子で、リオを殺しちゃったと考えていたなら、それなりに混乱があったというコト。
「第一に、ボクがどれくらい話を知っているか、探りたかった」
沼クンはボクがリオに気に入られているんだと誤解していた節がある。
だから、リオから今回の話の経緯なり、過去の背景なりを聞いているんじゃないかと、危惧するのは当然だろう。
「第二に、沼クンは、自分がリオの死に関わっていると疑われるコトを畏れていた。
だから、逆にリオの死を不自然と考えているコトをアピールすることで、自分を事件の外に置くように仕向けた」
そんな工作を考える前に、子供らしく泣いてしまえばいいのに……と、ボクは今でも少し不満に思う。
だけど、沼クンはいい子でいなきゃいけないという周囲の期待を前に自身の保身を第一に考えてしまった。
自分がしてしまった失敗を受け入れられない最たる要因だったんじゃないかと、ボクなんかは思ってしまう。
「なるほどねー。
自殺として落ち着いている事件を、ほじくりかえそうなんて人が犯人だなんて、普通は考えないもんねぇー」
ひとしきり感心する瑞恵に、ボクは困ったような顔を向けてしまう。
「え?
な、なに?」
ボクの表情に戸惑う瑞恵を前に、ボクは先ほど言ったコトとは正反対のコトを口にすることになる。
「推測できる第三の理由はね……。リオの死を自分が齎したものだと、知って欲しかったから…だと、思うの」
「…え?」
そこには複雑な思いがあったのだと、ボクは思う。
リオの死に疑問を持たせる相手に……よりによって、無能を絵に描いたようなボクを選んでいる時点で、沼クンの心理状態がヤバいコトになっているのは窺い知れる気がする。
他にも、的外れなのかもしれないけど、ちょっとした子供らしい自尊心もあったのかもしれない。
リオが選んだと沼クンが思い込んでいたボクに、決定的なリオへの行為を自慢したい気持ちもあったんだろうというのが、ボクの邪推だ。
「うーんっとさ…。
やっぱり、沼クンの中にも……認めたくないけど、でもやっぱり罪の意識なんてのは、あったと思うんだ」
ボクは自分の中で迷走する考えの紆余曲折を省いて、本心に近いであろう彼の心を推理する。
そんな行為に意味など見出せないまま。
「沼クンにとって、リオって母親であって、そんで、大事で好きな相手だからさ。
そんな人を殺したと思い込んじゃったら、罪の意識くらい持ってしまうと思うんだ」
瑞恵は相槌もあげずに、ボクの言葉を待っている。
少々の照れ臭さが、ある。
ボクは自分の描いた物語を読まれているような、照れ臭さを感じている。
「だから、誰かに罪を暴かれたいし、裁かれたい。
罵って、憎まれ怨まれたいって、心の底では考えちゃってたんじゃないかな?」
沼クンは、本来とても真面目な人だし。
そんな予想は間違っていないような気がする。
そうして、ボクは気付く。
今更ながらに、どうして沼クンがボクを選んだのかを。
「リオの恋人だと…あ、いや。沼クンって、なんだか変な誤解してたみたいで、さ。
ボクをリオの好きな相手だって思ってたみたいなの」
ボクは言い辛い状況を前に、変な説明をしてしまっている。有り得る訳無い話だけに、口にするのも抵抗があるのだ。
「だから、そんなボクにリオの最後を知ってもらいたかったし、憎まれたかったんだと……思う」
なんだか予想ばっかりで、しまらない発言だと自分でも思う。
だけど、こんなのは沼クンが決して明かしてくれないような胸の内だもの。
推測するしかできない。
「…なんか。複雑だね」
瑞恵は苦いものを飲み込んでしまったような顔だった。
「…そう、かもね」
ボクは上の空で答えていた。
思うのは、沼クンの心情だった。
リオの首を切りつけ、息絶える姿を前に、沼クンは何を思ったのだろう。
人を殺してしまった恐怖に、眠れずに泣いた夜もあったんじゃないかな…。
たぶん、リオが死んでしまった悲しさにも気付けず、いい子でいなきゃいけない自分を守ろうと必死だったんだと思う。
でも、沼クンはリオの死をやっと迎えられた。
公園でいっぱい泣いて、リオの死と自分の罪と心を受け止めた。
長く続いた恐怖の夜が明けたんだと思う。
沼クンの長い夜は終わり告げて、朝を迎えられている。
ボクは、リオの物語がやっと今、終わったことを知る。
……これで、いいんだよね?
リオ。
「じゃぁ…はい!」
ボクは手渡された真新しいメモ帳に目を落とす。
「…ぅえ?」
「兄ちゃんの書きたかった物語は、もう書き上がったんだろ?」
ボクは顔を赤くしてしまう。
心の中でリオに報告していたコトを、まるっきり見透かされたようで異様に恥ずかしい。
口には出してないから、瑞恵はボクの表情で物語を書き終えたと、ボクが実感していることを知ったに違いないんだけど…。
それでも見透かされた恥ずかしさがある。
「…う、うん」
ボクは恥ずかしさに戸惑うけれど、頷いていた。
「書き上げたかった物語も一通りケジメを兄ちゃんはつけたみたいだし、さ。
もう、次の物語を書き始めてもいいんじゃないかなっと思ってさ。
プレゼント!」
与えてくれたメモ帳と瑞恵の言葉に、ボクがメモ帳を捨ててしまったコトを瑞恵が悲しく思っていてくれたことを知る。
ボクは瑞恵の心遣いに感謝するように、首を埋めるように頭を下げていた。
「あ、ありがと…ね」
でも、受け取ってしまったものの、さすがに暫くは書く気になれないんだろうなと思っていた。
さすがに、ボクが手にするには重すぎる物語だったから、書き上がったと思ったら一気に気が抜けてしまったのだ。
「書くコト、ないから…ちょっと遊ばせちゃうけど。
そのうち、使わせてもらうね」
ちょっと申し訳なさを感じながらも、ボクは瑞恵に感謝する。
でも、あんまりボクの答えは瑞恵に満足を与えなかったようだ。
不満そうな顔が、ボクの側へと近付く。
「いーじゃん、なんか書き始めなよ」
むぅー。
気楽に言ってくれるなぁ。
書くのは好きだけど、話のネタがなければ、どうしようもないと思うんだけどな。
「読みたいぞ、兄ちゃんが書いた物語~」
落ち込んでいるボクを瑞恵なりに励ましてくれているのだと思うけど、ちょっと答えられそうにない。
困ったような誤魔化しの笑顔を浮かべると、何かを思いついたように瑞江は悪戯な笑顔をボクへと向けてくる。
…ちょっと、嫌な予感。
「じゃあさ、今度はかっわいい妹が、ダメな兄貴を好きになって。
兄貴が困るって話は、どうかな?」
「はぁ?!」
思いっきり戸惑う声を上げたボクを引き寄せると、瑞恵はボクを抱きしめやがった。
ボクらは結構、仲の善い兄妹だけど、ここまで激しいスキンシップはない。
ボクだって、年頃だ。
かわいい妹に冗談で抱きしめられても、戸惑うよ。
「わっ、わっ…」
「兄ちゃん、兄妹の恋愛物語も書いてたじゃない…兄貴が妹を好きになる奴ー」
それは、そうだけど…。
ボクは意識しまいとすればするほど、赤くなる頬を感じて動けない。
「兄ちゃん、失恋もしちゃったみたいだからさ…」
…うを?
遅れてしまうけど、瑞恵がリオのコトを言っているのだと気付く。
そう…なんだろうな。
恋人とか、そんなのを望んでいた訳じゃないけれど、ボクはリオを好きだったのだと思う。
そのリオは死んでしまったのだ。
失恋と言われるのも、しょうがない。
「だから、さ。あたしが慰めてあげる!」
照れてしまうけど、嬉しい申し出だった。
でも、こんな慰め方は困りものだと思う。
からかうにも、程があるっ!
「兄ちゃん、顔、赤いよ」
ニヤニヤと意地の悪い顔に見つめられて、ボクは…ボクは困ってしまう。
「しょ、しょうがないじゃないか…」
ボクはモテない男なのだ。女の子にこんな近付かれる事なんて、生まれてからこの方ないように思う。
妹相手だけど、戸惑いも照れ臭さも当然あるのだ。
「かっわいいよー。兄ちゃん」
ぐうの音も出せない。
ボクは熱い頬を感じながら、苦虫を噛み潰している。
ボクの照れも戸惑いも気にしない瑞恵は、そっと、その愛らしい顔をボクの胸へと埋める。
「今度は、ハッピーエンドを書き上げてよね……」
小さく漏らされたのは、心細さを感じさせる僅かな願いだった。
だから、ボクは答えていた。
「…そうだね」
と。
ボクが真相も悲しい事実もいらないと願いながら書き上げてしまった物語は、結局、大事な人を失くしてしまった物語だった。
ひどく、悲しくて辛い物語だったのだと、思う。
だから。
だから今度、ボクが書きたいと思うのは、願うのは。
ハッピーエンドだった。
うんと気楽で、楽しい話が書き上げてみたい。
ボクは、そう思う。
「……けど、妹に思われる兄の話は勘弁して」
「なんでよー」
「だって、照れ臭いじゃんかっ!」
ボクの精一杯の抵抗も、笑い飛ばされてしまう。
太陽のような笑みを浮かべた妹に。
手にしたメモ帳は、真新しくてまっさらだ。
ボクは、また物語を書き始めるだろう。
どんな話になるのかなんて、ボクにも判らないけど。
それでも、またボクはペンを取るよ。
大事で愛らしい妹と、もう会えないリオに。
ボクは、そう、誓うのだった。
終わり