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6.欠片が示すもの

6.欠片が示すもの


学校へ向かう途中で、ゼロ子さんに会った。

ボクは学校で幾つか確認したいことがあったので、ずいぶんと家を早く出ている。この前、公園で優雅に朝食を済ました時よりも、だいぶ早い。

だけど、場所は前と同じだった。

「会えて、よかった」

良家の子女といった風情のゼロ子さんは、柔らかに微笑んでいる。

その姿は、とても相手が聞いてようが聞いてまいが構わず喋り倒すようには見えない。見事なお嬢様モードだった。

「いつも、こんなに早いんですか?」

彼女は流れる髪を僅かに揺らす。

さらりと、気持ちの善い臭いが鼻をくすぐった。

「アキラちゃんに、会うため。今日だけ」

単語を区切るように、ゼロ子さんは呟く。

「これ、渡したくて」

差し出された紙袋をボクは受け取った。

そんなに大きなものじゃない。バーガーショップのセットが、一つ入るくらいの紙袋だった。

「これは?」

受け取りながら、ボクは首を傾げる。

少し開けば、中身は見覚えのある物だった。

リオがいつも手にしていた携帯用ゲーム機と同型だから、見覚えがあるのも当然だった。ちょっとだけ、リオの死んだ姿を思い浮かべてしまい胸が痛む。

入っていたのはゲーム機と、たぶんこれは充電器だろう。黒いコードの付いた小さな箱が、ソフト何本かと一緒に無造作といえる感じで入っている。

「形見、分け」

ズクンと、心が騒いだ。

「……リオの、なんだ」

コクンと、少女が頷く。

「ボクなんかが貰っていいのかな?」

「リオ、言ってたから。アキラちゃんも、ゲームすればいいって」

儚いほど、微かにゼロ子さんは微笑む。

コドモタチノヨルでは、人の話なんか聞こうともせずに喋り捲っていたゼロ子さんだけど、ボクとリオの遣り取りを少しは記憶していてくれたようだ。

リオは、ゲームが苦手だと言い張るボクにからかいも込めてゲームを勧めることがあったのだ。

本当はちょっとした意地悪心から、リオは言っていたんだけど。ゼロ子さんには、楽しみを分け合いたいとリオが思っていたように感じてくれたのかもしれない。

「あ、凄い。このソフト、新しいや」

意地の悪いことを尋ねている。

そんな自覚はあった。

「先月に出た奴だよね?」

ボクは取り出したゲーム機に差し込まれていた、ゲームソフトを指差す。ゼロ子さんは、戸惑ったようだがボクに近付くと、覗き込む。

今は頑張って。

無口のお嬢様を演じているけれど。

本来は、好奇心旺盛な少女なのだ。

「あ、ホントだ。リオも買ってたんだ」

驚いたようなゼロ子さんの言葉に、ボクは満足を憶える。

これで、物語は組み立て易くなった。

ボクは考える。

物語になぞらえることで、ボクはリオの最後を知っていくことができるだろう、と。

不思議に思っていたキャラクターから齎されるヒントとも言える提示された事実は、それを伺うくらいはできる機会を与えてくれている。

進め間違いさえしなければ、ボクはこの物語を書き上げることができるだろう。

知りたくて知りたくない物語の真相を少しずつ知りながら。

「…また、会いたいな」

呟くような言葉に、ボクは考え始めていたなけなしの脳味噌を止めていた。

顔を上げる。

揃えられた前髪の下で、柳の葉のように優しく弧を描いた眉が寄っている。

泣き出しそうな寂しそうな表情だと、ボクは思っていた。

「朝じゃなくて、夜に…」

懸命に堪えているけれど、ゼロ子さんは胸の内にある何もかもを吐き出したいんだと、ボクは知る。

彼女も辛いんだ。

リオはみんなに好かれていた。

それを眼前にして、ボクの胸が僅かに熱い。

「そうだね」

だから、ボクは頷いた。

明るくて爽やかな朝は好きだけど、全てを晒すには朝の日差しは強すぎる。

ボクらは夜にしか、子供でいられないんだ。

「その時は、色々といっぱい、いっぱい喋ろうよ」

ボクなんかの言葉にゼロ子さんは、色の白い頬を染め、顔を綻ばすような笑顔になってくれる。

表情すら善く見えない夜には知らなかった、ゼロ子さんの笑顔だった。

ボクは少しだけ、朝に感謝しようと思う。

「じゃ、また夜にね」

ボクが切り出すと、ゼロ子さんは「うん」と頷いたが、その場を離れる雰囲気じゃなかった。

ちょっと不安だったけど、ボクが歩き出すと手を振ってくれる。

なんだろうと思ったけど、そういえば前に会った時は隣に沼クンがいたっけ。

二人はここで待ち合わせして、学校に向かうのだろう。

野暮な想像だけど、二人の関係は気になるところだな…。

ボクは、そんなことに思いを馳せながら、学校への道を辿る。

住宅街を過ぎてしまえば、後は、学校までの一本道だった。

そして、ボクは胃の軋むような少々の緊張を持ちながら校門を過ぎて、少し歩き昇降口へと入る。

下足と上履きを取り替えた後は教室にはよらず、そのまま管理等へと足を運ぶ。

ちょっとだけ、確認したいことがあったのだ。

沼クンは、ボクがリオに最後に会ったと言っていた。

厳密にいってしまえば、それは有り得ないことだった。

だって、リオも学校に通わなきゃいけない学生だし、リオも子供だもの親か、それに代わる人だっている筈だ。

家出中で、どこかに寝る場所を持っていたのかもしれないけど。

そうしたって、凍える体を朝まで晒したあの日までは彼女も生きて動いているのだ、誰一人として会わないまま何日もいることは不可能でしかない。

だから、沼クンが言った最後とは…。

逃げ場を探すように子供たちが集ってしまう、あの場所で、最後に一緒だったのがボクと言うコトだったんだろうと思う。

ボクが生きているリオと最後に会ったのは、初めて二人っきりで過ごしてしまった『あの夜』しかないのだから。

ならば…。

あの夜が、この出来事のポイントになる筈だ。

夜の学校が、シーン。

登場人物は、ボクとリオ…。

そして、もう一人。

夜の闇から、染み出るように夜の学校に現われ、ボクらを追い立てたあの男は物語の何を担っている?

ボクは物語を書きあがるために、登場人物も把握しなければいけないと考えている。

だからこそ、向かったのは職員室だった。

「あの…スイマセンでした。何日も休んでしまいまして…」

担任教師に挨拶をする。

何か空寒い心配を装う言葉を、教師は口にしているんだろう。ボクの耳よりも肌が鳥肌となることで、それと判る。

意味の無い返事を繰り返しながら、ボクは俯いたままの意識を周りへと配る。

探す。

姿は、薄明かりの中で曖昧だった。

けれど、あの男を眼前にしたことは揺るがない事実。もう一度、目にすることができたなら、何か引っかかるものくらいありそうなものだ。

それに、声だって聞いている。

探す範囲さえ定めてしまえば、見つけるのはそう難しいものでない。

「…やっぱり、無駄足だったか」

ボクはチラホラと黒と青の飾り気のない服を着た若者達が見える廊下に出ると、落胆と安堵のため息を漏らしていた。

街から外れた学校に登場する大人といえば、教師が相場だろう。

そう思ったからこそ、それを確認するために職員室に足を運んだものの、収穫はなかった。

いや。

あの男が、教師ではないことを確認できたのは、立派な一歩だとは思う。

「…あれ?」

ボクは職員室から校長室を挟みある事務室の前で、足を止めていた。

扉に作られた嵌め殺しのガラスから、中の様子が伺える。

作業着だろうか、青のツナギを着た男がカップを鷲掴みにして、一口二口と啜りながら暇を持て余しているようだった。

ボクは、少し首を傾げる。

確か、教師の連中は毎朝打ち合わせをしていたように思う。

意味があるかどうかは別にして、教師全員が集まることが決まりだったと聞いたからこそ、ボクは打ち合わせ時間に近い時間を選んで職員室に足を運んだのだけど。

あそこにいたのが、この学校の教師全員ではないのかな?

少々の不安と不思議がボクを動かしていた。

「センセー、何してんのぉー?」

ボクにしては有り得ない行動なんだけど、自分から教師と思わしき男に声を掛けてみた。

引き戸を開くと、香ったのはコーヒーの臭いだった。

「見りゃ判んだろ?」

ちょっと太目の男は、窮屈そうなツナギの腹の部分に組んだ腕を乗せると、つまらなそうに答えた。

「…わかんない」

暇を持て余しているようには、見えるけど。

一目見て判るほど、何かをしているようにはとてもとても見えないので、ボクはそう答えてしまう。

「電話番」

なるほど。

とりあえずは、電話のある机の前にはいるのだから、察してあげなければいけなかったのかもしれない。

でも、それは少し難しい注文だとボクは思う。

教師にしては態度も口調もぞんざいな感じだ。

改めて見れば、大人としても若い感じがする。

大人というよりは、ボクらに近い感じさえした。

「センセーは、打ち合わせに出ないの?」

ボクは気になっていたことを尋ねてみる。

なんとなくだけど、話しかけるのに苦痛を感じる大人の雰囲気がないような気がして、少しだけ気楽だった。

「オレはセンセーじゃなくて用務員のオッサンなんでね。

 忙しい教師様の打ち合わせの最中は、ここで電話番が仕事なの」

フンっと鼻息を飛ばして、男は組んでいた腕を解くと頬杖をついていた。

かなり、やる気の見えない電話番だ。

「……」

ボクは少し感心していた。

そうだよね。

失念していたけど、学校にも教師以外の仕事をする人がいるのは当然だった。

ということは、教師は職員室に集まっているのかもしれなけど、あそこにいる以外にも大人がいることになるのかな。

…いや。

でも、電話番を一人で任される位だから、他の大人たちは出払っていると考えた方が自然だろう。

「…用務員さん」

「なんだ?」

「今日、休みのセンセーっている?」

「いねぇ。校長も教頭も事務の奴らも、みぃ~んな職員室に集まっとるよ。

 ちょいと、変なこともあったからな、最近は、オレ以外は何かと全員集まって会議しとるらし~」

変なことというのが何かは、聞くまでもない。

なるほど、他校の生徒とはいえ、ああいったことが校内であると教師達も大変らしい。

でも、ボクにとっては僥倖だ。

だとすれば、この学校にいる大人たち全員を確認できたことになる。

「……用務員さんは、夜中の学校とか見回ったりするの?」

ボクは突っ込んだ質問をしてしまっている。

だけど、怖い顔をしている割には、なんでか人の良さそうな男を前に警戒が薄まっているのも、事実だ。

「んにゃ。最近はセキュリティ会社が入ってるんで、そういったのは用務員の仕事から外れとる」

そうなんだと答えながら、ボクは無邪気な生徒を演じる。

「じゃあ、学校って…夜は誰もいなくなるの?」

残業してくセンセーはいるけど、それでも特別なことがない限りは夜の十時をまわる頃には無人だとボクは教わっていた。

「…ふーん」

ボクは結論付ける。

リオと二人でいた夜の学校で登場した男は、この学校の大人ではないようだ、と。

尊大で上からものを言うような男だったので教師の可能性も捨て切れなかったのだけど、やはり違った。

ならば、物語の様相はボクが描いていた結末を迎えそうだ。

瑞恵に頼んでおいた調べ物に期待しよう。


つづく

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