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2.朝の中へ

2.朝の中へ


「おいっ!」

突然の遠くからかかる声に、ボクは身を起こしていた。

深夜の学校である。

そこに子供二人がいる。

不審に思われるのもしょうがないと、鈍いボクだって思う。

「誰だっ? なにしてる?!」

鋭い誰何の声。

片手に握られた懐中電灯が、無遠慮にボクらを照らし出す。

顔は見えなかった。

意味などまるでないように、か細い外灯と懐中電灯が、現れた男を深い夜の中に沈めている。

微かな臭いと共に燃えていた蝋燭も、消えていた。

ちらりと見れば、リオが蝋燭もシートも丸めて背に回している。

こんな場面だというのにボクは感心している。

感心とは違うかもしれない。

咄嗟に機転を利かせてくれることは、半ば判っていた。

頭のいい人なのだ、リオは。

「すいません。ここの学校の生徒なんですが、忘れ物をしちゃって…」

嘘はついていない。

ボクは正真正銘この高校の生徒だし、学校に置きっ放しの荷物は忘れ物と言えなくもないのだから。

「忘れ物?」

いぶかしむ様な声だった。

それも、そう、だろう。

校舎の外とはいえ、学校の敷地内に入り込んでいるボクらは、侵入者に他ならない。

だけど、いつもは情けなさに拍車をかけるガキという事実が、ボクらに有利に働くコトは計算できる。

「子供二人でか?」

懐中電灯が左右に動く。

大人である彼らは、子供は子供と侮りたいのだと思う。

「はい。夜の学校って、怖かったので…。と、友達に付き合ってもらったんです」

ボクは照れたような、困ったような笑いをあげていた。

普通にしていても情けない姿には定評があるので、演技することは逆に捨てている。

無駄に怪しまれるコトは、避けなければいけない。

ボクはともかくリオがいる以上、それは絶対だ。

「すいません、すいません。忘れ物は、諦めて帰ります」

子供二人を相手にしている油断もあるうちに、ボクは撤退を決めていた。

名前やクラスなど訊かれても面倒なだけだ。

ボクはリオの手を取っていた。

「帰ろう」

短く言ったボクに、帽子のつばで隠れた顔が小さく揺れる。

慌てていたボクはそれが肯定の頷きとばかり思っていた。小さく動いていた唇に気付いたのは、後になってからだ。

「おいっ」

引っ張って歩いていたボクは、がくんと動きを止められる。

リオが大人の声に驚き、急に足を止めたのだと思ったが、違う。

自分で足を止めていたのではない、足を止められていたのだ。

暗く深い夜よりも黒い影に彩られた大人の男が、リオの肩をがっちりと掴み、その頬へと顔を寄せていた。

いつの間に、こんな近くに来ていたなんてっ!

ボクは肝を冷していた。

それと。

訳もない苛立ちがボクの中に生まれ、リオのことを強く引き寄せていた。

「あっ」

ボクは思いの他、か細い声を耳にしている。

それはボクの引く力に流され、ボクの胸へと倒れこんだリオが上げた声。

戸惑うような驚いたような声だったと思う。

けれど、それに気を向けている暇などなかった。

「……」

まっすぐに向けられた男の顔があった。

ボクは顔を見られる愚を感じながらも、顔を背けられないでいる。

冷や汗が頬に伝う。

蛇に睨まれたカエルの気分を存分に味わっていた。

「…夜遊びもほどほどにしろ。まっすぐ帰れよ」

尊大な、上からの言葉だった。

けれど、それに逆らう気など塵ほども生まれない。先程、生まれた苛立ちのような怒りも霧散していた。

開放を許されたことを情けないと思いながらも、心から安堵している。

「…はい、すいませんでした」

ボクは頭を下げると、リオを促してボクらは学校を出ようと校門へ向かう。

後ろから投げかけられる視線が、痛い。

敷地の外に出るまでは、男も安心できないと、考えているのかもしれない。

だから、見られていても、しょうがないこと。

だけど。

心を鷲掴みにされるような恐怖が、ボクを追い立てていた。




眠さがない訳じゃない。

しかし、目覚ましが鳴れば、布団から抜け出さねばならない。

毎朝の従わなければならないルールの一つなんだと思う。

「ふぁ…」

ボクは欠伸と伸びを同時に済ますと、ざっと布団を跳ね上げてカーテンを開く。

窓からは、憎たらしいほど健やかな朝日が差し込んでくる。

憎たらしいほど健やかだとは思ったが、ボクは日差しを迷惑だと思ってはいない。逆に、有り難いと思っている。

こうやって、掛け布団を適当に折りたたんで敷布団も表に出しておけば、差し込む太陽の光と熱でちょっとは殺菌にもなるのだと思うから。

そうそうベランダに布団を干していられないので、本当に有り難いと思っているのだ。

しけってしまった布団よりは、太陽の光を浴びてフコフコになった布団の方が気持ちいいもの。

それに、朝がなければ夜も明けないものだろうし、眠い朝があるからこそ寝れる夜もありがたいのだと思う。

いや、眠い朝は、やっぱり辛いかも…。

最近は、夜中の散歩も控えていた。

出歩いていないので、夜もそこそこな時間には寝ている。

眠さはあっても、体の辛さはそれほどでもない。

だけど、眠いものは眠いのだ。

夜中に出歩くコトこそ控えているけれど、最近は違う事で毎夜、少し遅くまで起きているのだ。

「ふぅ…」

やっかいな約束をしてしまったものだとボクは苦笑の中、思う。

たまの楽しみだった夜の集会に顔出しもせず、何をしていたのかといえば、ボクはメモ帳と睨めっこを夜中まで続けるコトが日課となっていた。

だからこその、そこそこの寝不足だった。

昨日も、何時間もかかっていながら数行しか書き進めないメモ帳を前に、ボクの脳味噌は悲鳴をあげながら眠さに易々と屈していたように思う。

自分で適当に空想して、それをメモる程度だった時は気楽さもあって睡眠量を削るようなことはしなかったんだけど…。

リオが読んでくれるかもしれないのだ。

終わらせたことのない物語の続きを書く作業にも、どうしたって力が入ってしまう訳ですよ、これが。

『約束の証』はモテない男には、ちと荷が重かったようだよ、リオ…。

寝ぼけた頭が訳もないことを呟いているのを聞きつつ、ボクはのそのそと身支度を始めていた。

靴下をはく。

Yシャツを羽織り、ボタンを留めていく。

次に真っ黒の学生ズボンを足に通せば…。

はい、できあがり。

ボクは机に放ってあった鞄と、椅子にかけておいた学ランを引っつかむと、部屋を出る。

階段を下りたら玄関だ。

下駄箱の上に引っつかんでいた鞄と上着を投げておき、ボクは洗面所へと移動。

歯磨き、その他を適当に、本当に適当に済ませて身支度は終了だ。

ぼさぼさに伸びてしまった頭に寝癖も残っていたけど、気にしない。

別に好き好んでボクを見てくれるような人はいないのだ。

「おはよー」

少し胃の軋みを感じながら、台所に入る。

人はいるのだけれど、返事はもらえなかった。

挨拶をして無視されるよりは、答えてくれる方が嬉しいとボクは思う。

だけど、不機嫌に顔を背け合う人たちに何を期待する気も、もう起きやしない。

「パン、もらってくねー」

袋の中にレーズンを鏤められたパンが三つほど確認できたので、ボクは有り難く朝食にさせてもらおうと手を伸ばす。

朝食も期待できそうもないから、助かること、この上ない。

「いってきまー」

適当に声をかけて、ボクは台所から撤退させてもらう。

朝から気まずい雰囲気に付き合わされるのは、ゴメンだった。

「なに、兄ちゃん。もう出かけるのー?」

眠そうな、でも愛らしい声に顔を上げれば、妹が寝ぼけた顔と制服で階段から降りてくるところだった。

彼女も、階下の騒動には関わりを持ちたがらないので、基本的に最小限の行動のために一階へと下りる。

やはり、女の子だけあって外に出るために二階で髪型も整えているのか、綺麗に髪をすいて首後ろで無造作に纏めてある。

寝癖なんかは、もちろんない。

「うん。瑞恵のご両親はご機嫌が宜しくないようなので、ボクはさっさと出かけさせてもらおうと思ってます」

「昨日も夜中まで元気に物を壊してまでケンカしてたみたいだもんね……。

 アキラ兄ちゃんの父母は」

他人事のように言ったことが不味かったのかもしれない。

瑞恵は腕を組むと吐き捨てるように言っていた。

「…パン、いる?」

呆れているようでもあるけど、諦めた表情の中に辛さがあるように感じたボクは、手にしたパンを持ち上げる。

手に入れた食料は数少ないけれども、妹に分け与える分には抵抗はない。食いしん坊の、ボクであってもそれは、当然だった。

「…いいわよ!」

何故か笑われてしまう。

「兄ちゃんより、あたしの方が図太いもん。

 険悪な雰囲気ぶちかましの親からしっかり朝食はいただくわ」

だから、兄ちゃんは安心してパンでも喰ってろと言われたようです。

「ご、ゴメン…」

ボクは妹相手にも気を使ってもらう情けない、兄貴だ。

「パンだけで足りるの?

 あたしが何か冷蔵庫から見繕ってきてあげようか?」

「…大丈夫だよ」

更に気を使われて、ボクは情けなく答える。

確かに、ボクはよく食べるけど、朝からガンガン喰えるほど元気な大食漢じゃない。

「でも、パンだけじゃ栄養だって偏っちゃうよ?」

優しい妹だと思う。

でも、ちょっと餌付けでもされてる気分だった。

昔から妹は、ボクに食べ物を与えようとしてくれるのだ。

まるで、食べさせることで気を紛らわせるように。

「ホント、大丈夫だから。ありがとうね、瑞恵」

ボクは鞄と上着を空いた手で掴むと、言った。

「いってきます」

瑞恵は笑顔で返してくれる。

「いってらっしゃい」

と。

やっぱり、挨拶をして無視されるより。

答えてくれる方が、ボクは、嬉しい。


つづく

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