第六章 中華人民共和国連邦(Neo-China=中国連邦)の成立
1
二〇二二年二月三日……。
旧正月の“春節”を迎えた中国では、全土で爆竹が鳴り響いていた。
途絶えていた日本の“節分”も懐古主義の台頭によって復活、ここ彼処から、鬼を追い、福を招く掛け声が聞こえていた。
しかし、間もなく世界が地獄の砲火に包み込まれることを、庶民はまだ知らない……。
それはどこにも噛み付くことから狂犬国家と揶揄される国が、日本と韓国に向けて原子爆弾を搭載したミサイルを発射したことから始まった。
日本を飛び越して太平洋の公海に向けて発射したつもりだったが、なにしろそのお粗末な技術力故、沖ノ鳥島に見事命中した。
幸いにも鳥島が無人島だったことと不完全爆発だったので、数羽のアホウドリの丸焼きが出来た程度の被害であった。
実は、彼の国が発射準備をしている段階から、地球を周回している衛星によって、日本は情報を得ていた。
だが、米国の命令によって、これを迎撃しなかった。
経済の閉塞感を打破し再び世界に覇を唱えんがため、愚かにも米国の支配層は戦争を欲していたのだ。
米国はこの機を利用して、新日米安全保障条約を楯に堂々と第七艦隊を派遣し、彼の国を包囲する。
これでは流石の中国も口を挟めない、巧妙な米国の戦略が成功したかに思えた、が……。
しかし、中国はこれを待っていた。
米国の誤算だ。
中国は彼の国の存続を約束する代わりに、第三次世界大戦の戦端を切らせたのだ。
「クククク……、我が国の民は十五億、米国は三億にも満たぬ。いよいよ決着をつける時がきた。クゥクククク……」
MAOと呼ばれる男が狂気の笑い声をあげた。
「御意。仰せの通りでございます。全面核戦争となれば、世界の九十パーセント以上の人間が死滅いたします。ケッケケケ……」
宋淋が狡猾な表情を浮かべて笑った。
・・気違いどもメ。我が国の民も十億人以上が死ぬのだぞ・・
張威が心の中で叫んだ。
「MAO様、戦いの指揮を私にお命じください」
「当然であろう。同志陸剛よ、陳健将軍と協力せよ」
「はッ!」
・・なぜわしが、陳などと……・・
陸剛は不満だったがそのことはオクビにも出さなかった。
「同志林勇……、これ林よ」
「……はへッ!」
「また食い物の夢でも見ておったか。ククククッ…、出番じゃゾ。存分に働けよ」
「は、はーッ! お任せください。私の開発した化学兵器の威力をとくとご覧ください」
見かけはメタボ系でユーモア溢れる風貌をしているが、実は化学兵器の開発では天才的な能力を発揮していた。
・・嫌な奴だ、俺は力対力の戦いを好む。しかしこいつは自分の身は安全な場所ヘ置き、毒ガスで大量虐殺をする・・
陸剛が心の中で呟いた。
2
世界を巻き込んだ核戦争は一週間で終結をみた。
数百発の核爆弾が炸裂し、あらん限りの化学兵器が使用された所為で、三十億人を超えていた世界人口は七億人以下に激減した。
そのうちの二割が漢民族、すなわち中国人である。
愚かな人間たちによって、或る男の歪んだ思想が具現化されたのだ。
だかしかし、地球を覆った残留放射能と化学兵器の影響で、残った三十億の人口も一年後には七億人を割り込んでしまう。
世界のほとんどの国が壊滅的な打撃を受け、国の体を成す国はなかった。
日本、韓国、EU諸国は言うに及ばず、あれほど栄えた超大国米国もロシアも壊滅的打撃を受けていた。
人口が十分の一以下に激減したことで、復活には数百年を要すると予測された。
だが、それでも中国の人口は二億人を超えている。
同じく十億以上の人口を抱えていたインドは、隣国パキスタンとの戦いで疲弊し、人口も五千万人ほどに激減していた。
核の被爆を免れた国もわずかにあったが、その喜びは束の間、泡沫の夢……。
間もなく襲い来る放射能と化学兵器の猛毒で、直接被爆を受けた国々と同様の被害を蒙ることになる。
更に、解き放たれた恐ろしいウイルスが人間に襲いかかった。
3
……三年後、
「機は熟した」
「御意」
MAOと呼ばれる男によって、“中華人民共和国連邦(Neo-China=中国連邦)”の成立が高らかに宣せられた。
細々と復興を始めた各国の臨時政府は、その内容に驚愕する。
第一条……、
世界は“中国連邦”一国のみ、その他の国々は全て省とする。
タイ、マレーシアはシンガポールに併合し、シンガポール(新加坡)省とする。
カリブ諸国は全てキューバに併合し、キューバ(古巴)省とする。
同様に韓国は北朝鮮に併合し、朝鮮省とする。
その上で、新加坡省、古巴省、朝鮮省、台湾省、日本省を二級省とする。
米国省、ロシア(俄蘿斯)省、EU(欧洲)省を三級省とする。
アフリカ諸国、南米諸国については、それぞれ統合してアフリカ(阿弗利加)省と南米省とし二級省扱いとする。
第二条……、
また、漢民族を一等国民、それ以外の黄色人種を二等国民、その他のカラードを三等国民、白人は奴隷とする。
という、二つの誰も逆らうことのできない強制法が、中華人民共和国連邦(中国連邦)の成立が宣せられた日に発布され、当日から施行されることになった。
当然のことだが、一部の国を除いて各国の臨時政府はこれを拒絶した。
だが、どこの国にも抗う力はない。
よしんば抗っても、それらの国々はアッという間に征服され、中国連邦の意を汲む省政府が打ち立てられた。
指導者の多くは見せしめに公開で処刑されたが、一部は地下に潜りゲリラとなって、時が来るのをジッと待つしかなかった。
ここに世界を睥睨する強大国家が誕生した。
人類史上、過って、これほど巨大な力を持った国家があっただろうか……。
否ッ!
未だ過って、どこの国家も成し得なかった、どんな英雄も成し得なかった強大な国家……。
否ッ!
MAOと呼ばれし男はいつしか生き神と奉られ、ここに唯一絶対の独裁者が誕生した。
自らを神の化身と称し、尊敬をもって“御神”と呼ぶことを民に強いた。
MAOは一年を経ずして、地下に潜んだ抵抗勢力を悉く排除し、その権勢は世界の隅々まで行き渡り、最早抗うモノは何一つ存在しない、と思われた……。
第一部 完