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第五章 御神の野望

1


毛沢東記念館の一室に五人委員会のメンバーが顔を揃えていた。

「クククククッ…。見事なものだ」

MAOと呼ばれる大柄な男が口火を切った。

「まさに、彼奴らこそ世界最強でございます」

左側に座る貧相な宋淋が応えた。

「親衛隊が世界最強などといい気になっておったが、これで彼奴にもわかったであろう。ククククッ…」

「御意」

「しかし、わからんことがある。なぜ、馬達と段肇が生き残ったのだ。親衛隊を全滅させろと命じたはずだが……」

「MAO様。流石にあの二人は手強かったとみえますな」

右側の二番目の席に座るでっぷりと太った林勇が答えた。

「段肇は片腕を失い、無傷なのは馬達だけとの報告です」

「あいつめ、また遊び心を出しおったな。ククククッ…、まあ、よいわ」

・・陳や馬ではあの者たちに勝てるわけもない。ワシを守らせるために過去の歴史の中から選び抜いた英雄たちに、久々の実践をさせてみたわけだが、予想以上に遣るわい。これなら、ワシを追って来るあの者たちに勝てるやも知れん。それにしても幸之長、なんともしつこいやつじゃ。クゥクククク……・・

「遊び心……、でございますか?」

「ククククッ…、よいよい。ところで同志張威よ、計画は進んでおるか?」

MAOと呼ばれる男が、左側の二番目の席に座る整った顔つきの男に訊いた。

「はっ、全て順調に進んでおります。我々の計画に気がつかず、どんどん移民を受け入れております」

「あの国はだだっ広いが、なにしろ人間が少ない。労働力不足が深刻になっておるのだろうて」

「はッ! なんでもカンガルーとかいう動物の方が人間よりも多いとか……」

張威の言葉を受け、全員が声を揃えて笑い声を立てた。

「同志林勇よ、そちらはどうだ?」

MAOが訊いた。

「こちらも同様でございます」

「うむ。……あの国は資源が豊富だ。この国の十五億の民を養うには是非とも必要だ」

「まさに、あの国も国土のわりには人口が少ない。労働力として我が民を送り込め」

「MAO様、お任せください」

「民の移民もそうだが、工作員はどうなっておるか?」

「我が方は既に一万を超えております」

「うむ、同志林勇よ、そちらは?」

「はッ! 五千を少し超えたところでございます」

叱責を予想している様に戸惑いの表情で応えた。

「少ない」

「はッ! し、暫しのご猶予を……」

「よいか、工作員に政府の高官や役人を買収させて、我が国の親派を増やすのだ。白人は黄色人種を蔑むところがある。まあ、だから民を送り込み易いのだが……。クククッ…」

「畏まりました」

張威と林勇が声を揃えて言った。


2


「幸い我が国は民が豊富だ。何といっても民の数が一番の武器よ。ククククッ…」

「MAO様。私の部下からの報告によりますと、どうやら米国が我々の計画に気づいた様子でございます」

「然もあろう。彼奴らとて馬鹿ではあるまい」

「国家安全管理局が動き出したとのこと、如何致しましょう?」

狡猾な表情で宋淋が言うと、

「ククククッ…。同志宋淋よ、なにも慌てることはない。もう遅いわ。間もなく、植民地が二つ手に入る。そうなれば、米国も我々の邪魔はできん。ククククッ…」

「御意。ハッハハハハ……」

と、声を揃えて四人も笑い声をあげた。

「ひとつ、……気になる報告を受けております」

と陸剛が言った。

「話してみよ」

「はッ! 日本が秘密裏に核を開発し、既に保有していると……」

「然もあろう。技術力だけは大したモノだからのぉ~、彼の国は……」

MAO様が表情を曇らせる。

「他国を巧く利用して日本の軍備の拡張を妨げてきたが、我が国に恐れを成した韓国が、日本と秘密裏に同盟関係を築いたようでございます」

「虫けらどもが……、いくら群れたところで恐れるに足らんわ。そうは思わんか、のぅ、同志陸剛よ?」

「御意、真っことでございます」

と応えて、陸剛は俯いた。

「台湾があれほど抵抗を見せるとはナ。……ひと飲みにしてくれようと戦端を開いたが、中々にしぶといわ。誤算であった。のぅ、同志陸剛よ」

「ははーっ、真に申し訳ございません」

「送り込んだ工作員もほとんど連絡が途絶えております」

宋淋が狡猾な表情を浮かべて陸剛に一瞥をくれた。

「武器も最新鋭で、どうも米国からの無償提供のようでございます」

「同志陸剛よ、そんなことは始めからわかっておるだろう」

「MAO様、やはり最後の敵は米国でございますナ」

「ククククッ…、同志宋淋よ、それも織り込み済みのこと。しかし今となっては、我が国に戦いは挑むまい……。地団太を踏む奴(大統領)の顔が目に浮ぶわ。ククククッ…」


3


二〇二五年八月、キャンプデイビットで休暇を過ごす米国の第四十五代大統領プッシュのもとに衝撃的な報告がなされた。

時を同じくして、軽井沢でゴルフに興じていた第百代総理大臣浅墓桂伯にも同じ報告がなされていた。

一時間もしない内に世界中のあらゆるマスコミがそれを報じた。

オーストラリアに続いてカナダも移民法を改正、同国内において五年以上働いた者には望めば国籍を与えるという内容であった。

それが何を意味するのか悟った米国は、同盟国の首脳を慌てて招集した。

各国のホットラインが慌ただしく交差した。

九月一日、早朝からホワイトハウスで八ヶ国の首脳による会議が開かれていた。

「訊くが、一体どうゆうことだ、メイプル首相。オーストラリアの愚は避けろと、あれほど言っておいたのに……」

「は~あ、全くそのような気配はなかったのですが、……と、突然閣僚たちが……、つ」

シープ首相がシドロモドロに応えた。

「買収か? 或は脅しではないのか?」

日本の浅墓首相が口を挟んだ。

「そんなことはわかっておるッ! それも十分気をつけるようにと言っておいたはずだ」

プッシュの一喝に浅墓も口を噤んだ。

「オーストラリアのシープ首相を呼んである。こちらに通せ」

と、プッシュは首席補佐官のリーマンに命じた。

各国首脳がザワザワと囁きあっていると、首席補佐官にともなわれたシープ首相が心なしか肩を落として入ってきた。

「どうだ、状況がわかったか?」

プッシュが訊ねた。

「はい。色々と調べましたところ、或る者は買収され、或る者は脅されといった状況で、過半数の閣僚が操られておりました」

「それらの者を罷免し、新たに閣僚を選び直すことはできンのか? それでもう一度決定を覆せないものか?」

「はあ、……難しかろうと思います」

「なぜだ? 事実を公表すれば国民も納得するであろうに……」

「大統領閣下。最早、手遅れかと……」

首席補佐官のリーマンが耳元で囁いた。

「ん、どうゆうことだ?」

「はい。国家安全管理局の報告によりますと、既に人口の三分の一以上が漢民族になっております」

「なななっ、なにーィ!? なぜ、そんなことになるまで気がつかなかったのだ?」

「なにしろ、政情不安に託けた亡命や難民を装って来た者。東南アジア諸国から来た者とございまして……。実際に中国からの受け入れは、それほどではなかったのですが……。いつの間にか増殖しておりまして、はあ、なんとも……」

「それと地震による大津波、あの時も大勢の移民を受け入れました」

「巧妙に仕組まれた罠だ、それは」

「労働力不足が如何ともし難く、渡りに船と受け入れましたが、……それがどうも」

各国首脳からは、自らの国の状況に想いを馳せているのか、声も出ない。


4


「なぜ、こんな単純な罠に嵌まってしまったのか……」

「それは、オリンピック、万博と続き、我々に人道的な国に生まれ変わったと印象づけておりましたので……」

「ところが、近年になって強硬な姿勢が目立つ様になっていた。台湾が中国の領土であることを認めなければ、国連の脱退も辞さずなどとほざいておった」

「軍備が整った、ということでしょう」

イギリスのプディング首相が会話に加わってきた。

「すっかり騙されたな、我々は……」

ドイツの首相とフランスの大統領が声を揃えた。

「国内の反対勢力を押さえ込むために、かなりの弾圧が行われているようです」

と言うドイツのフランク首相の言葉を受けて、フランスのサルケツ大統領が言った。

「天安門広場が血で赤の広場に変わったと聞いています」

「それは我が国に対する嫌味かね、サルケツ大統領!」

ロシアのカスプーチン大統領が気色ばんだ。

「あっ、いや、これは失礼。けっ、けしてそんな意味では……」

サルケツ大統領が慌てて否定した。

・・呼んでもいないのに来やがって……、どうせ中国のスパイだろうが・・

首席報道官のリーマンが心の中で呟いた。

「仲間割れしている場合ではない」

プッシュの言葉に二人は口を閉じた。

「カナダはどうだ、メイプル首相?」

「いえいえ、我が国は、まだそこまでは……。それほど……、ムニャムニャ……」

馬鹿ではありません、と言おうとして言葉を濁した。

オーストラリアのシープ首相がメイプル首相をジロリと睨んだ。

「本当かね、本当にそう言い切れるかね?」

「も、もちろんです」

「我が国の調査によると、だ……」

と怒りを抑えるように一呼吸吐いて、首席補佐官のリーマンが発言を続けた。

「中国系が一千万人を超えています」

「なにを、ばかな。まだ、中国系は五百万人を超えていないはず。あとは、フィリピン、インド、タイ、ベトナムなどが五百万前後です」

「ではお訊きするが、人口は如何ほどになっておられますか?」

「確か、三千二百万ほどかと……」

「仮に五百万として、彼らに国籍を与えたら、いったいどうなりますか?」

「リーマン補佐官。四千二百万人を超えることになりますな」

「国籍を与えるということは、参政権も与えることになりますね。違いますか?」

「ハハハハッ…、ご心配はわかりますが、彼らは政治などに関心がありませんから、ほとんど投票になど来やしません」

「来たらどうなる!?」

二人の会話を聞いていたプッシュは、脳天気なメイプル首相の受け答えに語気を荒げた。

「いいから、メイプル君。黙って、補佐官の話を聞きなさい!」

プッシュは怒りを抑えて言った。

「首相は先ほど中国系は五百万と仰いましたな。そして残り五百万が他国籍だと……」

「そ、その通りです」

メイプル首相は段々不安になってきたのか、顔が青ざめている。

「しかし、いいですか。彼らの半数以上が華僑と言われる者たちではないですか?」

「…………?」

「彼らが中国系、否、中国国民として大同団結したらどうなりますかな?」

「はっ、……の、乗っ取られる可能性があります。どっ、どうすれば……」

「漸く気がついたようだね、メイプル君。可能性ではない、貴国は既にそういった危険な立場に陥っているのだ」

「いや、しかし、まさか……」

メイプルは必死に打ち消そうと自問している。


5


「先ほども言った様に、これは一種の植民地政策だ。武力も金も使わず一国が乗っ取れる。我が国は、既にオーストラリアとカナダは敵の手に落ちたと理解している」

「プッシュ大統領、そんなはずはありません」

シープとメイプルが必死に訴えた。

「もう、お二人には退席していただきたい。自国に帰られて、しっかりと現状を見極めてもらいたい」

「そっ、そんな……」

「そんなもこんなもない。それが現実だ」

「しかし、まだ、なんとか……」

メイプル首相が必死に食い下がり、フランスのサルケツ大統領とイギリスのプディング首相の顔を交互にすがる様な目で見た。

「最後に忠告しておこう。二国は、既にウイルスに犯されたコンピューターだ。ウイルス、否、中国の工作員が相当数入っている。しかも厄介なことに、政府や政府機関に深く侵入してしまっている。君たちは彼らに操られているのだ。まあ、帰国してみれば私の言っていることが理解できるはずだ。それでは、さようなら。健闘を祈っている」

シープとメイプルの二人の首相は、誰かが執り成してくれないものかと、未練気に各国首脳を見渡しながら退席していった。

二人の退席を見送った後、プッシュが言った。

「諸君、こういうことだ。不満のある方は言ってくれ」

「なにも切り捨てなくとも、一緒に対応策を考えるべきでは……」

イタリアのナポリタン首相が遠慮気に口火を切った。

「他の方々は、どう思われるね? 日本のASABAKA首相、如何かな?」

「あっ、はい。ASABAKAではなくASAHAKAでございます。私といたしましては……、大統領閣下のご判断がた、正しいかと……」

プッシュは、途切れ途切れに答える浅墓首相の言葉を最後まで聞かず、もういいといった表情を浮かべ、視線をドイツのフランク首相に向け、

「君はどう思うかな?」

と訊ねた。

「お二人には気の毒とも思えますが、大統領があのようにご判断なさったということは、はっきりとした理由、証拠があるからこそと考えております」

と、フランク首相はいつも通り如才のない答え方をした。

プッシュは満足気に頷きながら、実はナ、と切り出した。

「実はナ、我々の情報では、あの二人も既に敵の手に落ちておる」

一同は、

「えッ! なっ、なんと……」

と驚きの声を上げた。

「わしが調べたところでは、既にふたりは中国政府の傀儡だ。二国のほとんどの政治家は買収されてしまったか、若しくは、政府の転覆を企むものとして拘束されておる」

残された七ヶ国の首脳は声も立てずに、プッシュの次の言葉を待っている。

「二国とも既に中国の植民地といっても過言ではない。まんまと遣られた」

と言って、プッシュは天を仰いだ。そして、

「残念なことに、もう一ヶ国彼らの足元に平伏した国がある」

と断言した。


6


各国首脳は、それぞれの顔を見回しながらザワザワと囁きあった。

「静かにしてくれたまえ。わしも始めは信じられなかったが……、事実だった」

「いっ、いったい、だ、誰と? 我が国では、けっ、けしてない」

日本の浅墓首相がドモリながら否定した。

「まあ、落ち着きたまえ。これも確かな情報だ」

プッシュ大統領は左端の浅墓から各国主要の顔をひとり一人見回した。

全員の顔が緊張で引きつって見える。

「カスプーチン大統領、なにか言うことはあるかね?」

「我が国とおっしゃるのですか、大統領閣下?」

心なしかロシアのカスプーチンの顔が蒼ざめ、唇がかすかに震えていた。

「そうだ。確かな情報だ」

プッシュがきっぱりと言い切った。

「と、とんでもない話だ。国力が落ちたとはいえ、なぜ我が国が、中国などの言い成りにならなければならないというのか。……大統領閣下といえども、如何にも侮辱ですぞ」

「わしも信じたくはなかった。だが、このようなはっきりとした証拠があっては、信じないわけにもいくまい……。残念なことだ」

「しっ、証拠とは?」

「そこまで、わしに言わせるのかね!」

カスプーチン大統領はうな垂れて、口を噤んだ。

「ハハハハッ…、なんだ、やっぱりそうか」

緊張を隠すためか、浅墓がけたたましい笑い声を立てながら、カスプーチンを見据えると糾弾する口調で言った。

「静かにしたまえ、ASABAKA首相ッ!」

と一括されて、

・・ASAHAKA、でございます・・

と呟きスゴスゴと矛先を収めた。

「カスプーチン大統領、君にも退席していただく」

と言うプッシュの言葉を受け、カスプーチンは無言で席を立った。

「リーマン首席補佐官、お見送りをしなさい」

はっと応えて、リーマンはカスプーチンの後に続いて席を立った。

カスプーチンは拒むこともなく、部屋を出て行った。重厚な扉がピタリと閉ざされた。

「ご覧の結果だ、諸君」

普段は穏やかなプッシュの表情も苦渋に満ちていた。脳天気な浅墓も事の重大さがわかったのか、緊張した表情をしている。

「急いで対策を立てなければならん」

「おっしゃる通りです、大統領。これは大変なことです」

と言うイタリアのナポリタン首相に続いて、イギリスのプディング首相も緊張の面持ちで言った。

「他の国はどうなっているのでしょう。ここに残っている国は大丈夫と思いますが……」

「東南アジアの華僑系の国は言うに及ばず、アフリカ、南米などの国々もかなり粉をかけられていると見て間違いない」

「な、なんと! では、早急に手を打たねばなりません」

フランスのサルケツ大統領が言った。

・・手遅れかもしれん・・

米国のプッシュ大統領が呟く様に言った。

「あへぇ?」

「もう、手遅れかも知れんと言っておるのだよ、ASABAKA首相」

「まさか、そんな弱気な……。ASAHAKA、でございます」

「そんなことはどっちでもよい。ところで君は、コンピューターウイルスというのを知っとるかね?」

「はあ、そのくらいは……」

「十年ほど前のことを思い出してみたまえ。どれだれ各国が対策に頭を痛めたか」

「あれはもう、大変なことでした。しかし、我が国の或る青年が劇的なワクチンを開発しまして、それが世界を救ったと、言い換えれば我が国が救った自負しております」

と浅生が胸を張って言った。

「うん、なるほど、……ワクチン、か。ASABAKA君も偶にはいいことを言う」

褒められた浅墓が嬉しげに応えた。

「エッヘヘヘ……、ASAHAKA、でございます。ジョー(プッシュ大統領の愛称)、からかわないでよ」

どこまでも脳天気な男だと、各国首脳が考えているとも知らずに……。


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