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98:〔妹様の場合〕

「うーん……。ほら、もう一度」

「うん! よい、しょっ!」


 元気に返事をし、勢い良く飛び掛かってくるフラン。

 腹部に襲い来る拳を目で捉え、身体を半身にして空振りさせる。瞬間、脚に妖力を流し込み、ざりざりと床を擦りながらフランを身体で受け止めた。

 フランは握った拳をするりと開き、ストンと座り込んだ僕の背中に両腕を回す。そしてなんとも嬉しそうに僕の身体に頬を擦り付けた後に、爛々と輝く瞳で見上げてきた。


「ね、ね、どうだった? ちゃんと『加減』出来てた?」

「うん。前と比べると大分わかってきたみたいだね。エライエライ」

「えへへ〜」


 ぽふぽふと帽子の上から頭を撫でてあげると、フランは嬉しそうに目を細めて、先程よりも幾分ギュッと抱き着いてくる。

 ぶっちゃけ吸血鬼の力で『ギュッ』とこられたら苦しいのだが、そこはまあ我慢である。


 さて、紅魔館の執事となってから早一週間と少し。なぜ僕がフランとこんなことをしているかと言うと。


「でもまぁ、もうしばらくは練習しようね。『手加減』の」

「うん。だって、早くお外で遊びたいもん」

「最初に出た時はさすがに酷かったからね……」


 ぷくりと頬を膨らませるフランに、苦笑しながらそう言う。

 そう。先程の一連のやり取りは、所謂『手加減』の練習である。

 ずっと強力な封印かけられた地下室にいたせいか、フランはとにかく加減というものを知らない。

 地下室から出られるようになり、最初こそ大人しく行動していたフラン。おそらくは、初めて館を自由に歩き回れるという事実に現実味が湧かず、おどおどと行動していたのだろうが……やがてそれに慣れてきて、フランが思うままに行動し始めた辺りから『それ』は輪郭をおびてきた。


 まず、まだ執事という立場ではなかった、咲夜の元へと頻繁に通っていた時。僕の姿を見たフランが勢い勇んで飛びついてくる。


 ――結果、僕ごと館の壁を三枚ぶち抜いてレミリアに説教される。



 次に、僕が執事になる少し前。単なる姉妹喧嘩、口喧嘩だったはずが、フランが癇癪を起こして地だんだを踏んだ瞬間にその部屋の床が地下室まで貫通。果ては地下室で、姉妹が互いに吸血鬼としての身体能力をフルに発揮したつかみ合いを敢行。館はおろか、湖を越え人里までその余波を拡げたところで、一度は解除されたはずのパチュリーによる地下室の結界が再臨。僕の能力により一時的に喘息が改善された彼女は何より恐ろしく、結界内にはロイヤルフレアの雨が降り注いでいた。それでも流水系の術を使わなかったのはせめてもの優しさだったのか。数時間に及ぶ灼熱結界から出て来た二人は、いつもとは様子の違う図書室の魔法使いの迫力に抱き合って震えていたそうな。


 ――ちなみに、とある鴉天狗の新聞には、『謎の大地震! 新たな異変の前兆か!』との見出しがデカデカと載っていて。僕が頭を抱えたのは言うまでもない。


 極めつけはつい最近の話。僕が執事になった翌日、つまり約一週間前のこと。

 館の仕事は咲夜が一人でこなしているようなもので、今更僕のようなインスタント執事が入ったところでやる仕事は無いに等しかった。することといえば、僕を見つければ必ず後ろにくっついてくるフランの相手をするぐらい。つまり、必然的にフランと過ごすことが多くなる。

 そんな中、ふと思いついた僕はフランを連れて館の外に踏み出した。地下室にいたせいで、外はおろか館の中すらも知らなかったフランなのだから、きっと喜んでくれるはずだと考えたのだ。


 事実、彼女はとても喜んだ。


 ……ただ、そう。ひとつ問題があったとすれば。その喜び方が、尋常じゃなく激しかったことだろう。

 日が落ちて暗くなっていたとは言え、フランにしてみれば館の外なんてものは夢のまた夢。草にしろ花にしろ湖にしろ森にしろ、彼女にとってはそれが『外にあるもの』、『自分には触れなかったもの』であることには変わりない。窓から眺めているのとは違い、確かに手の届く場所にある。

 それが嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだろう。館の扉から踏み出して、しかしそれから先には踏み出さず、キョロキョロと視線をさ迷わせては笑うフランを、僕は微笑みながら眺めていた。

 だからだろうか。その時の僕の頭からは、今までの事件がすべてすっぽりと抜け落ちていて――






 ――そんな自分を愚かしいと感じたのは、凄まじい突風と共に森に飛び込んでいったフランが、轟音と共に森の奥へと消えていった後だった。


 ……その後の事はあえて語るまい。とにもかくにも、僕はその時に決意したのだ。

 フランに『手加減』というものを教えよう、と。









「あとどれくらい頑張ったらお外で遊べるかなぁ」

「もう大丈夫だとは思うけどね……妖力無しの僕でも受け止められるくらいだし」


 体勢そのまま、フランの言葉にそう返す。

 自分で言うのもなんだが、妖力を纏わない僕は大妖怪にあるまじき脆さを誇る。そんな僕でも受け止められるくらいなのだから、他の妖怪勢でもきっと大丈夫だろう。桃鬼辺りなら微動だにせず、むしろ柔らかく受け止めていそうだし。

 それでも一応、もう少し練習は続ける予定ではある。目標は僕が楽に受け止められるようになるまでだ。


「ミコト」

「ん?」


 パタパタとはためくフランの羽を眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。咲夜だ。


「どうかした?」

「パチュリー様が呼んでいるの。ついでだから、紅茶を持っていって頂戴」

「パチュリーが? ……わかった。今行くよ」

「え〜! もう少しこうしてたいよ……」

「わがまま言わないの。ほら、また寝る時にお話してあげるからさ」

「う〜……。わかった……絶対だよ」


 しがみついて離れないフランだったが、僕の言葉を聞くと渋々とその手を放す。そうあからさまに落ち込まれると心が痛むというものだが、まぁ仕方あるまい。

 最後に一度、俯いたままのフランの頭を撫でてから歩き出す。


 さてさて、図書館の魔法使い様は、はたして何の用があるのかな。










「……妹様?」

「なぁに、咲夜」


 ミコトが地下室を出ていった後。咲夜に話しかけられたフランは、少し拗ねたように返事をした。

 少し間が悪かったか、と思いつつも、咲夜は前々から聞こうと思っていたことを口にする。


「彼のこと……妹様は、どう思いになられていますか」

「……? どういうこと?」

「いえ、その……」


 拗ねた表情から一転、訳がわからないといった無邪気な顔で見返してくるフランに、咲夜は口ごもる。

 きっと、これだけでは質問の意図の全てをわかってくれはしないだろう。そう思いながらも、咲夜はもうひとつ踏み込んだ質問をしようとして、


「咲夜は、ミィのこと嫌いなの?」

「!」


 ――思いがけない一言に、開きかけていた口を思わず閉じていた。


 いきなり質問の核に近付いてきた言葉に、咲夜は思わずフランから目を逸らす。そのあまりにも真っすぐな視線――地下室に篭っていた頃とは全く違った意味で恐ろしい――に、心を覗かれているような気分になる咲夜。

 きっと、私の気持ちをこの場で口にしたならば、妹様は怒りを露にするだろう。そう考えているからこそ、尚更フランの一途な目線に耐えられない。


「咲夜?」

「っ……失礼します」


 瞬間、フランの目の前から姿を消す咲夜。

 残されたフランは、メイドの不自然な態度に小首を傾げるのだった。

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