9:〔百鬼闘夜祭・中〕
ヒュン、と僕の耳元で風切り音。その直後に、バキゴシャメキリ、と木がへし折れる音。
僕は、隣にいてずっと僕の着物を握って離さない鬼の女の子を抱えて横っ跳び。数秒後、僕等のいた場所には大木が倒れ込んだ。
その大木の下には、先程僕の真横を吹っ飛んでいった一本角の鬼の姿。あれは気絶してるな。
「ウオオオオオ!!!!」
一方、広場のど真ん中で勝利の雄叫びを上げている図体の大きな鬼。
特に能力は持っていないはずだが……鬼にもやはり力の差もあるらしい。当たり前なのだけれど。
「……!」
「あ、ゴメン。びっくりした?」
「…………」
フルフルと横に首を振る女の子。
先程からずっと気になっているのだが、彼女は頷いたり驚いたりと反応は示してくれるのだが、なぜか言葉を喋ることはしない。
何か理由があるのだろうか。もしかしたら単なる口下手なだけかもしれないので、聞いてみることにする。
「ねぇ、なんで喋らないの?」
「…………」
心なしか、着物を握る手に力が篭った気がする。訳ありかな?
「志妖は自分から喋ろうとはしないよ。いや、出来ないって言った方がいいかね」
「桃鬼。……あ、と。その体中にくっついている妖精さん達は……」
「森の中を歩いてたらくっついてきたのさ。『ミコトさんのニオイ……』なんていいながら」
「……また増えたか」
ため息混じりで呟く僕。妖精さん達は僕を見た途端に僕に突撃。数にして総計六匹の妖精さんが僕の着物に入りこんだ。
「なんなんだい、そいつら」
「いや、少しね……」
着物の内側でプルプル震えている妖精さん達。ちなみに流石に定員オーバーになりかねないので、僕の周りだけ小さな結界を貼って能力を遮断しておいた。
あと数分もすれば出てきて僕の周りに漂いはじめるだろう。
「で?志妖……だっけ。この子は何で話せないの?」
「あぁ。志妖、教えてもいいかい?」
コクンと頷く志妖。
「じゃ、教えて」
「いいだろう。まぁ結論から言うと、その子は能力持ちなんだ。その能力がちょっと厄介なモノでね、そのせいで声を出せないのさ」
「ほぅ」
能力持ちだったのか、と僕は志妖を見る。志妖は僕の着物から顔だけだしている妖精さんを突っついていた。
「で、その能力とは」
「『波動を生み出す程度の能力』さ。その名の通り、彼女はその身体から波動を生み出すことが出来る。その気になれば、そこらの木なら簡単に薙ぎ倒せるはずさ」
「…………」
恥ずかしそうに僕の着物に顔を埋める志妖。あ、そこはダメ妖精さん潰れちゃう。
「で、それがなぜ声を出せないということに?まさか……」
「多分ミコトの考えは合ってるはずさ」
「……能力の制御が出来ていない、と?」
「少し違うね。志妖は完全に制御出来ないわけじゃあない。……ただ、少しだけ穴があるというか……。後は声だけなんだけれどねぇ」
「…………」
角を触りながら苦笑いする桃鬼。志妖は少し落ち込んだように下を向いている。
どういうことなんだ?
「志妖の能力はね、器が広いというか……」
ときおり、うーんと唸りながら、桃鬼が説明をしてくれる。
つまりは、こういうことらしい。
彼女、志妖の能力『波動を生み出す程度の能力』は、応用が利きすぎてしまう、ということだ。
桃鬼の能力は、今でこそ『視界に入ったモノ』全ての硬度を操れるが、最初は『自分の身体』にしか能力を使えなかった。
僕の能力は、自分の感情はともかく、他人に使う場合はまず相手の感情を取り込んで理解しなければならない。
どちらも一応明確な『使用条件』があり、それを満たさなければ能力は使用出来ない。
だが、志妖の能力に関してはその『使用条件』が曖昧で、『波動を生み出すような行為』ならば、能力が使用出来てしまうらしい。
早い話、それがなんであれ波動が起きそうな行動なら実際に波動が起きてしまうのだ。
例えば、歩くだけでも踏み出したその足が波動を産んでしまう。
例えば、手を突き出しただけでも波動が飛んでいってしまう。
例えば、声を出しただけでも、その声が波動となり辺り一面に襲い掛かる。
「なんて不便なんだ……」
思わず呟く。応用が利くと言えば聞こえはいいが、これは下手すれば無差別攻撃に発展してしまう。
「一応アタシが面倒を見て、声以外なら波動を操れるようにはなったんだけど……」
「…………」
「まぁ、確かに声はなぁ……」
正直、声を出すことが波動を生み出す行為なのかは疑問だが。
「でも、志妖はまだ生まれて間もないだろう?」
言葉の代わりに、志妖の指が三本上がる。
「三歳?」
フルフルと首を横に振る。ならば三十年は経つのか。
「それなら焦る必要はないよ。僕や桃鬼だってそのころは能力を今ほど使えなかったんだ。時間をかけてゆっくり練習すれば、いつかは普通に喋れるようになるさ」
ね?と頭を撫でて笑顔を見せる。
すると、志妖は少し驚いたような顔をして、でも直ぐに笑顔になった。
綺麗な笑顔だ。これからはもっとそれを出せるようになって欲しい。
志妖の感情が読み取り辛いのは、おそらく心が閉じかけているからだろう。
言葉という感情表現が使えないのだから、無理もないのかもしれないが、それでは志妖が少し可哀相だ。もっと自信をつけてほしいと思う。
と、考えていると突然耳にチリチリとした感覚が。
「…………ん?」
「どうしたんだい?」
「いや、少し嫌な感情が……。これは……怒り、かな」
しかも逆ギレに近いものがある。もしかすると……。
「グアアアア!」
「なっ!?」
顔を上げると、先程吹き飛ばされた鬼が巨大な岩を持ち上げて叫んでいる。
感情の方向は広場の真ん中、図体の大きな鬼に向けられている。
「ミコト!間に合うかい!?」
「わからん!硬度は下げられないのか!?」
「あれだけデカイと芯まで力が届かないよ!」
「クッ!」
全力で疾走、走りながら桃鬼と話すがどうやら打つ手が無いみたいだ。
僕ならぎりぎり間に合うかもしれないがあそこまで巨大な岩をどうにかする力は無い。桃鬼の能力は一定以上の大きさを超えると能力が芯まで届かない。あくまで『視界に入ったモノ』は力の範囲が広がっただけで、直接触れないと巨大なモノは硬度操作が全体にいきわたらないのだ。
しまったな、もっと近くで待機しておけばよかった。というより先程からやけに右腕が重たい。なんだ?
「…………」
「なっ!志妖まだ握って、いやよく放さずに掴んでるなオイ!」
「…………私が」
「え!?」
「私が、やります。危ないので、止まって下さい」
下手をすれば、風を切る音で聞き逃してしまいそうな小さな声。
けれど僕は、瞬間的に桃鬼の腕を掴んで止まっていた。
「なんだい!今は止まってる場合じゃ……ムグゥッ!」
桃鬼の口を塞ぎ、僕は悠然と立つ志妖の姿を見る。
志妖は、両手で筒を作るように丸め、その口に当てる。
そして、今この瞬間に空を舞い、広場を押し潰さんとしている巨大な岩に向かって――
「――――――――――――――!!!!」
――声の波動を、ぶちあてた。
その瞬間、ゴガァン!と岩は砕け散り。
波動の残滓が辺りの木を薙ぎ倒す。
「…………!!」
僕は、咄嗟に妖精さんが作り出した結界に妖力を注ぎ込んで身を守っていた。
「ッぷあっ!……フンッ!」
砕けちった岩を、桃鬼が片っ端から硬度を下げていく。それを次々に握り潰し、やがて音が何も聴こえなくなった時、志妖はペタンと座り込んでいた。
「志妖!」
結界を解き、志妖を抱き留める。
「…………」
「……あぁ。大丈夫。ゆっくり眠りなよ」
「…………」
よほど疲れたのか、志妖はすぐに眠りについた。
とても、いい笑顔だ。
「……今なら、感情が少しは読める。頑張ったご褒美だね。……いい夢を」
僕は志妖の感情を操り、いい夢が見れるようにする。夢を見るかどうかはわからないが、少なくとも気持ちのいい眠りにはなるだろう。
「にしても、あの大きな岩を一撃かぁ……。志妖、あなどれん」
しかも鬼どもは何事もなかったかのように闘いを続けている。
闘いに夢中で気がつかなかったのだろうか?
とりあえず僕は志妖を抱き上げ、洞窟へと向かう。
しばらくは様子を見たほうがいいだろうし、それに。
「こんな笑顔、滅多に見れないしね」
ちなみに、桃鬼はボロ雑巾と化した鬼を引きずりながら洞窟へと帰ってきた。
自業自得とはいえ、酷いものである。
ま、同情はしないけどね。
新キャラ、能力発動。
なんか、ミコトのまわりは強いのばっかり。
大丈夫。いいことあるさ。頑張れミコト。