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84:〔スペルカードと黒〕

「ミコト」

「ん?」


 昼間からマヨヒガでまったりしていると、不意に現れた紫が声をかけてきた。

 身体を起こし、立っている紫に目を向ける。と、その隣に予想外の人物が。


「志妖。何でここに?」


 僕の言葉に、ペこりと頭を下げる志妖。僕は志妖と紫を交互に見て首を傾げた。何が何だかさっぱりである。


「彼女は私が連れてきたの。これからする話には、彼女が必要不可欠だったから」

「志妖が必要不可欠? 尚更よくわからないな……」


 とりあえず立ち上がり、思い切り伸びをする。身体の節々がパキパキと小気味よい音をたてた。


「で? なんの話っ」


 中途半端なところで言葉が途切れる。なぜかと聞かれれば、そうせざるをえなかったと言うべきか。

 早い話、いつもと同じ様にスキマに落とされただけなのだが。


「話は別の場所でするわ。あと一人必要な人物がいるから……って、どうしたの、ミコト」

「いや……」


 歯切れの悪い返答に首を傾げる紫。僕は涙目で紫を見て、たった今起きた事件を口にする。


「舌、噛んじゃった……」

「…………」


 僕の言葉に、紫は呆れたように息を吐くのだった。










「ここは……」


 スキマから飛び降り、辺りを軽く見回してみる。目に留まったのは、どこか見覚えのある神社の姿だった。


「覚えているかしら」

「うん。ここは……」


 ――ここは、僕が結界に組み込まれた場所。つまり、百年前の僕が最後に訪れた場所だ。


「ここに何が?」

「行けばわかるわ。さぁ、行きましょう」


 歩き出した紫に数歩遅れ、小走りで紫に並ぶ。同じように僕の隣に並んだ志妖と三人で進んでいく中、僕はしきりに視線を動かしていた。特に珍しいものなど見当たらないのだが……なぜだか、ここは落ち着かない。ここにある『なにか』が、僕を警戒させている。

 それが何だかわからないまま、神社の入口へとたどり着いた。時間にすれば一分も経っていないはずなのに、もっと長く歩き続けていたような感じがする。

 目の前にある神社を見上げると、腰の辺りからゾワゾワと何かがはい上がるような感覚が僕を襲った。


 ――やはり、『なにか』ある――


 僕がそう確信し、本能からくる警戒を更に強めて――


「なあに、おさい銭でも入れてくれるの?」

「ッ!!」


 ――背後から聞こえた声に、僕の身体は襲い掛かっていた。


「…………」

「…………!」


 気が付けば、僕の爪は一人の少女の首に突き立てられていた。彼女の首、触れるか触れないかの位置にある僕の爪は、しかしそれ以上突き出されることは無い。


「いきなり私に襲い掛かってくるなんて……。紫、私何かしたかしら」


 ギリギリと軋む身体。突き進もうとする僕の身体は、凄まじい力でその場に抑え付けられていた。

 目の前の少女は僕を一瞥して、しかしかけらも動じることはなかった。いつ喉元の爪が突き出されてもおかしくない状況でも、まるで僕が見えていないかのように平然と振る舞っている。


「ミコトさん……! 爪を収めて……!」

「っ!」


 耳元で志妖の声がして、僕はようやく身体の力を抜くことができた。

 突き立てていた爪をしまい、突き出していた腕をだらりと下げる。

 そこで僕は、自分が尋常じゃない量の汗をかいていることに気が付いた。


「彼は……そういうこと」


 少女は小さく呟くと、僕と志妖の隣を通り過ぎていく。

 同時に、志妖の身体からも力が抜け、支えが無くなった僕は無樣にも膝をついてしまっていた。石で造られた道に、ぱたぱたと汗が滴り落ちる。


 ――大丈夫なの?


 ――えぇ。彼なら乗り越えるでしょう。


 そんな会話が聞こえてきたが、文字通り右から左へと流れていってしまい、僕の頭に残ることはなかった。










「すいませんでした」

「別にいいわ。何が原因かはわかってるし」


 神社の中、とある部屋の中で少女――愽麗 霊夢――は、お茶を飲みながらそう答えた。

 一風変わった紅白の服は巫女服らしく、いろいろとツッコみたくはなったが、あんなことをした手前そんなことは言えない。


「もう大丈夫?」

「うん。大丈夫」


 紫に聞かれ、言いながら頷く。実は能力を使って強引に沈静しているだけなのだが。現に、今もあのえもいえぬ感覚は消えてはいない。

 それを踏まえた上で大丈夫だと思ってくれたのだろう。紫は小さく頷くと、今度は向かいにいる志妖に視線を向けた。


「じゃあ、始めましょう。ミコトは聞いているだけで構わないわ」


 そう言われたのでしばらく黙っていることにする。ついでに猫の姿に変化。この姿の方が何かと楽だからだ。


「では……」


 それを見た志妖が口を開く。どうやら、志妖が話を進めていくようだった。










「ふぅん……」


 紫の膝の上、机が邪魔な僕は、声だけに聞き耳を立てていた。

 志妖が話した内容は、大まかに纏めれば次のようなもの。


 まず、妖怪の弱体化が問題だということ。大結界が出来てからは簡単に人間を襲えなくなり、食料も提供式と受け身のもので、妖怪はだらけていく一方。そこに突如現れた吸血鬼がつけ込む形で騒動を起こし出すといった異変にも発展してしまったとのこと。

 この時は丁度僕が封印から解放されたこともあり、桃鬼らと半ば強引に異変を収束させることができた。

 が、今のままでは力のある妖怪が幻想郷に来る度に同じことが繰り返される可能性がある。それを回避するには、妖怪の力を保たなければならない。ならばどうすればいいのか。

 そこで志妖が提案したのは至極単純。戦いましょうの一言だった。


「で、私と志妖、それに紫で考え出したのがコレ」


 不意にかけられた声に反応し、僕は机に前脚を乗っけて机の上を覗き見た。

 そこにあったのは、一枚の四角い紙。トランプのようなカードのような、そんなものだ。


「これは……?」

「『スペルカード』よ。これを使った決闘で、今回の問題を解決出来るんじゃないかって」


 霊夢はそう言うと、僕にも見えるようにカード……スペルカードを起こした。絵柄は無く、無地の真っ白なカードである。


「実は前々から話は出ていてね。今回改めて話をしたのは貴方の為と、確認の為なの」


「ふぅん……でも、これどうやって使うの?」


 見た限りじゃ戦いに使えそうには思えない。妖力込めて投げるとか?

 そんなことを考えていると、不意に向かいからぼんやりとした明かりが。何かと思えば、志妖が手の平に弾幕のひとつを浮かべていた。


「弾幕?」

「はい。これをそのスペルカードに込めて、発動すればその通りの弾幕が出るといった感じに」

「ルールとしては、その弾幕に一発でも当たれば負け。たとえ余力が残っていてもね」


 志妖に続き、紫が僕の頭の上で説明してくれる。

 その後も説明してくれたが、どうやら重要なのは、この『スペルカードルール』とやらは、擬似的に命を賭けた決闘となっており、本当に命掛けの戦いではないとのこと。まぁ、不慮の事故は仕方がないとのことらしいが。

 他にも不意打ちは駄目だとか、決闘前には枚数を提示しなければいけないだとか細かいルールもあるが、そうでもしなければ妖怪と人間が同等に戦うことは出来ないだろうから納得した。

 ただ、弾幕のみの決闘になるらしく、肉弾戦を得意とする妖怪にとってはネックになるだろう。僕も含めて。


「スペルカードルールの話はこれでおしまい。次は、ミコト。貴方に直接関係のある話よ」

「僕に?」


 紫はそう言うと、小さく開かれたスキマから、これまた小さな箱を取り出した。

 そして唐突に理解する。『コレ』だ、と。


「察したみたいね。そう、貴方がここに来てから感じている不快感はこれのせい」


 紫の膝から降り、人型に戻っていた僕は、机に置かれたその箱から目が離せなかった。

 何十にも結界が掛けられているおかげで、僕以外の皆は大丈夫のようだったが……。


「薄々気付いてはいるでしょうけど……。この中には、貴方の負を封印したスペルカードが入っているわ。そこにあるカードと違って、桁外れの容量を持つカードなのだけれど」

「あぁ、箱の上からでも見えるよ……どす黒い感情が渦巻いてる」


 あれが自分の中にあったと言うのだから、心底恐ろしい。暴走するのも当たり前だ。


「貴方には、これを自らの手で保管しておいて欲しいの。何十と掛けた封印もそろそろ限界がきている……これを封印無しで持っていられるのは、貴方しかいない」

「確かに……そうだろうね」


 結界も封印も無しにこれを持とうとすれば、常人ならば一分と持たずに発狂するだろう。なにせ一万年以上前から積み重ねてきた、何千何万という数の負の感情が、ここにひとつとなって渦巻いているのである。全くはた迷惑な団結だ。


「これ以上これをここに置いておけば、愽麗の巫女である霊夢、そして愽麗大結界そのものに悪影響を及ぼすかもしれない。貴方一人に任せるのも酷だけれど……」

「いや、いいよ。元は自分のものだしね」


 僕はそう言って、軽い手つきで箱に手を触れた。瞬間、封印がぱきんと音を立てて消え去ったあたり、本当に限界だったのだろう。

 上箱に手を掛け、開ける前に周りにしっかり気を持っておくように伝える。念のため、と他の三人は一カ所に固まり、霊夢と紫が結界を自分達に掛けていた。あれなら心配あるまい。


「じゃあ……いくよ」


 息をゆっくりと吸って、吐いて、もう一度吸って。

 息を止めると同時に、箱を開け放つ。



 ――瞬間、手の平に収まるような小さな箱から、真っ黒な負の感情が龍のごとく飛び出した。



 一瞬にして僕等がいた部屋は暗黒に包まれ、嵐のような風が僕を襲う。


「…………!!」


 僕はその、質量を持ったような暗闇の中、その根源へと手を伸ばした。

 箱の中にある、スペルカード。感覚のみで取り上げて、身の毛がよだつ感覚に陥りながらも、僕は能力を行使する。

 イメージは、竜巻。荒れ狂う闇の嵐を、自分の周りに円を描くように走らせる。

 そうして出来た竜巻は、少しずつ僕の中へと流れ込んできた。ありとあらゆる箇所から入り込んでくる負の感情。喉の奥が燃えるように熱くなり、はち切れそうな固まりが胸の中で暴れはじめた。

 やがて、全てが僕の中へと吸い込まれて消えていく。

 喉は干上がり、カラカラになっている。

 部屋から黒は消えたのに、僕の視界は真っ黒なまま。

 行き場を無くした感情が、静かに僕の身体を内側から叩いていた。


「……ぅくっ」


 やがてそれは、僕から這い出そうと喉へとその食指を伸ばす。強烈な吐き気が僕を襲い、思わず口に手を当てた。

 だが、それは吐き気を我慢しようとしての行為ではない。

 むしろ僕は、これから思い切り吐こうとしている。ただ少しばかり吐くものが普段と違うだけの話。

 そんなことを考えながら、僕は手元のスペルカードを再度見つめ――


「ぐっ……〜〜〜〜〜〜っ!!?」


 ――喉元まで迫っていた吐き気と共に、その真っ黒な負の感情を吐き出した。


 出てきた時と同じ様に、黒い龍となってスペルカードに吸い込まれていく負の感情。

 何十秒かかけてたっぷりと吐き出した僕は、最後に頼りない息を吐き出して倒れ込んだ。手元には、見た目的には最初と何ら代わりのない、真っ黒な姿のスペルカードが。


「ミコトさん!?」


 僕が倒れてから少しして、呆然としていた志妖が駆け寄ってきた。霊夢はやれやれと言った感じで立ち上がり、紫は胸を撫で下ろしている。

 そんな中、僕はスペルカードと部屋の床を何度か交互に見て、いらないものまで吐き出さなくて良かった、と変に安心していた。


「成功したみたいね」

「……うん。けど、僕以外は触らない方がいいよ。外に漏れださないようにはなってるけど、直接触れたらどうなるかは保証しない」


 志妖に支えられながら身体を起こす。表も裏も真っ黒に染まったスペルカードを懐にしまい、未だクラクラしている頭に手を当てる。


「あれ……? ミコトさん、髪の色……」

「色? ……あぁ、少しばかり残したからね。色が戻ったんだろうさ」


 全ては戻さずに、三分の一程度受け入れることにした。そうでもしないと、カード本体が持ちそうになかったからだ。

 それにしても、凄まじい量の感情だった。よりカードを安定させる為に一度抜き出したは良かったものの、危うくいろいろ吐き出してしまうところだった。


「全く……大方、『一度身体を通した方がより安定させられる』とか思ったんでしょうけど……。嫌な汗かかせないで頂戴」


 どうやら紫にはいろいろと見破られていたらしい。正にその通りである。どうにも、自分から離れた感情、しかもあれだけの量の負の感情を操作するには自信が無かった。

 最悪僕が暴走状態に陥ることも考えられたが、成功したので良しとする。


「ところで、紫?」

「何?」

「寝るから」

「随分といきなり……。いいわ、私がきちんと連れて帰るから」


 ゆっくりとおやすみなさいな、と続ける紫。

 割と限界がきていた僕は、それを聞くとあっさり眠りに落ちていた。



おかしなところがあれば、指摘をお願いします。



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