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77:〔断ち切れない鎖〕


今回少しとあるキャラがぶっ飛びます。


ご注意。

 吹き飛ばされたかのように空中へ跳躍する。首を軽く回し、両手の爪に妖力を篭めた僕は、眼下にいる鬼を眺めた。

 頭から流れる血を軽く拭い、考える。

 今現在、僕は『普段の僕』からすれば間違ったことをしているのだろう。それはわかっている。だが、止められない。今の僕は、何も間違ったことはしていないのだから。本当に、そう思っているのだから。

 冷めた頭は、これからどうやって彼女達を殺すのかを考えている。さながら冷徹な殺人鬼。こんな感覚、初めてだ。


「シッ!」


 下から放られた桃鬼の髪針を爪で弾く。弾き損ねた一本の針が顔面に迫り、しかしそれを噛んで受け止める。

 同時にひとつ弾を造りだし、それを踏み台にして地面に急降下しようとして、


「――――――ッ!!」


 志妖の咆哮が僕の真上を通り過ぎる。危なかった、あと一瞬反応が遅れていたら粉も残らないところだった。

 跳ぶ方向をずらした為に、鬼二人がいる場所とは全く違う見当違いの方向へ落下していく。三秒とかからずに山の斜面に着地した僕を出迎えたのは、桃鬼の拳だった。


「ハアッ!!」

「ッ」


 振り落とされる鉄槌を皮一枚でかわし、足を払って桃鬼の身体に五発程入れる。起き上がり様の蹴りを鼻先で避けて真上に跳ぶと、置き土産の弾幕が桃鬼に直撃していた。


「……ま、この程度で終わるぐらいなら苦労はしない」

「愚問だねぇ。アタシを殺したいなら、あの百倍は持ってきな」


 かなりの量をぶちあてたはずなのに、と溜息。着地した僕を、遅れてきた志妖と、立ち上がった桃鬼が挟み撃ちの状況に持ち込んだ。


「ミコトさん……」


 横から聞こえてくる志妖の声。残念だが、今の僕には感じるところが何も無い。

 隙あらば、といった感じの志妖を視線で牽制しながら、僕は更に爪を『伸ばした』。その長さ、一メートル弱といったところ。今まで一度もやったことが無いというのに、やればできるものかと軽く笑う。


 ――『命を分け与える程度の能力』。


 命を爪に『分け与えた』。こんなことも出来るんだなぁ、と他人事のように思いながら、伸ばした爪に妖力を篭めていく。簡単にへし折られてはたまらない。真っ黒な爪に力が満ちていくのを見た志妖は、眉間にしわを寄せていた。


「ふぅん、面白いことをする。だが、簡単に折れたりしても知らないよ!!」


 視線が志妖にいったのを見てか、桃鬼が両手を握りながら突撃を仕掛けてきた。その拳は、真っすぐに僕の伸びた爪へと向かい――。


「なっ……」


 ――ガギィン!! と、およそ『拳』と『爪』が放つものでは無い音が辺りに響いていた。

 へし折る自信があったのか、桃鬼は驚きの表情でその動きを止めていた。珍しい姿だ。

 そんなことを思いながら、僕は多少動かしづらくなった右手で彼女の腕を掴んだ。


「――揺らいだな?」

「! しまっ……」


 ハッとする桃鬼。しかし遅い、一度揺らいだその感情の隙間、僕を何度も相手にしてきた桃鬼ならば、いかに致命的なものかがわかっているだろうに。


「チッ、志妖!」

「ハイ!」


 と、そこで僕はひとつ考えが抜けていたことを知った。一対一ならいざしれず、今は二対一。

 しまった、と思った時はすでに遅い。振り返った僕の目には、足を高く振り上げた志妖の姿が映り、


「――ハッ!」


 その足が地面にたたき付けられた瞬間、文字通り地面が揺れた。


「震脚……!」


 思わず呟く。志妖によって引き起こされた地面の揺れ、地震によってバランスを崩した僕は、解放された桃鬼の一撃で真横に吹き飛んでいた。

 盛大に木に身体をぶつけ、その木も見事に根本からめきめきと倒れる。身体の中から這い出してきた血を、吐き出すことはせずに無理矢理に飲み込んだ。鉄の匂いが口内に広がり、なんともいえない不快感に眉をしかめる。


「……土砂崩れでも起こしたらどうするんだ、全く」

「その時はその時だねぇ」

「…………」


 無言で桃鬼の隣に並ぶ志妖。その表情は決して明るいものではない。

 それを見た桃鬼は、立ち上がる僕と志妖を交互に眺め、それから志妖に耳打ちをし始める。

 今の内に襲い掛かろうとも思ったが、足が前に出なかった。さすがにあの桃鬼の一撃、ダメージが大きい。


「……え、でも、桃鬼様だけで……!?」

「さっきは助けられたけど、今のアンタじゃあいてもいなくても変わらないよ。ほら、早く行った!」

「…………くっ!」


 ようやく足が前に一歩出た所で、志妖が走り出した。僕に向かって、ではなく、山を下る方向にだ。


「なんのつもり?」

「なに、たいしたことじゃあないよ」


 髪を振り乱しながら言う桃鬼。その表情には笑みは無く、あるのはこちらを貫く鋭い視線。


「今からが本番……って?」

「アタシは最初から本気だよ? ただ、戦い方を変えるだけ」


 言いながら桃鬼は、今の今までその身体から放っていた妖気を消した……いや、違う。


「……圧縮、した?」


 消えた訳じゃない、桃鬼の身体の周りには、今も確かに妖気が漂っている。ただ、その密度が段違いに増していた。


「今までは、アンタになるべく近付かないように戦ってた。迂闊に近付いて『それ』を流し込まれたら厄介だからねぇ」


 確かに、と軽く顎を引く。桃鬼に接近されたのは先程が初めてのこと。それまでは髪針を中心とした遠距離のやりとりだった。こちらから接近することはあれ、すぐに離れていく、言うなれば、『らしくない』戦法。


「けど止めた。疲れるし、なにより面倒臭い。アタシはアタシの戦い方でアンタを負かす。昔から、そうだったしねぇ」

「まぁ、ね」


 桃鬼がこちらに向かって一歩踏み出す。瞬間、辺り一面に見えない重圧が上から降ってきた。

 この圧倒的なプレッシャー。紛れも無く最強の鬼、魅王桃鬼が僕に歩み寄る。


「細かいことは無しだ。互いが本気な以上、そこに野暮な理由はいらない。アタシはアタシのすべてを出そう。アンタも、その腹の底に溜まってる真っ黒なモノ、全力でぶつけてきな」

「……桃鬼らしい」


 堪えきれず、僕は素直に笑った。つられて笑う桃鬼。

 互いに一瞬で懐に入れる位置まできて、彼女は立ち止まった。

まるで僕の言葉を待っているかのように、止まったまま動かない。

 僕はそれを見て、伸ばした爪を自分で根本からへし折った。深爪の一歩手前、命を分けていつもの長さに戻す。自分で伸ばしておいてなんだが、『全力』で動くには邪魔なだけだから。


「何千何万という負の感情……。解放すれば、どうなるかわからない。それでも、いいの?」

「質問の意味がわからないねぇ。アタシが嫌だと言えばやめるのかい? だったら残念、アタシはその逆をお望みだからね」

「……そっか」


 僕はそう呟いて、地面に膝をついた。目を閉じて、身体の奥に泥のように溜まっているモノに触れる。

 ドクン、と身体が跳ねて、反動で地面に両手をついた。


「ッ……ハァ、うっ……」


 強烈な鼓動が身体を揺らす。爪が地面をえぐり出し、漏れだす息が音を立てはじめた。

 脳裏に蘇る地獄絵図。あの『人間』達の感情が、僕を真っ黒に塗り潰していく。


 そんな中、僕は桃鬼に顔を向けて、自然と呟いていた。


 なんと言ったのか、自分でもわからない。


 しかも、もうそんなことを考える時間も、余裕も、意思も、感情も、真っ黒に――――










「――あ、ヴア゛アァア゛アァアア゛アァア゛ア!!!!」



 アタシの目の前で、ミコトは今までに無い声で叫んでいた。

 まさに暴走と言うに相応しいその発狂は、アタシですらも腰が引ける。許されるのなら逃げ出したいぐらいに。


 だけど、そんなことはしない。許されたって逃げたりしない。


 だって、アイツは言ったんだ。


 真っ黒に染まったその瞳で、震えた、そよ風にすら掻き消されそうな小さな声で。






 ――怖いよ、と。






「…………」


 何千年も前に終わりを告げたあの戦いが、今になってミコトを苦しめている。あの忌まわしき戦いの記憶に、いつまでアタシらは縛られていなきゃならないのか。


「もう、うんざりだよ……」


 平和だった、あの日常。

 仲間を失い、なによりも大切な彼を――彼までも失いかけたあの戦いは、アタシの心だって縛り付けている。志妖だって、同じはずだ。


 流れそうになった涙を堪え、アタシは思い切り叫んだ。





「いい加減ッ! アタシらを解放しておくれよッ!!」










 次の瞬間、妖怪の山の一部が轟音と共に崩れ落ちた。





ぶっ飛びました。

手が付けられないくらいに。

まあ彼女達がなんとかしてくれる……はず。

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